跡継ぎを宿すため、俺様御曹司と政略夫婦になりました~年上旦那様のとろけるほど甘い溺愛~
チラリと彼を覗き見れば、ずいぶんと自信満々な顔でこちらを見据えていた。彼は私の出す答えに、確信を持っているのかもしれない。
不安な気持ちは大きいが、ここまで言われたらもう覚悟を決めざるを得ない。テーブルの下でぎゅっと手を握ると、意を決して顔を上げた。

「わかりました。未熟者ですが、どうぞよろしくお願いします」

大丈夫。ちょっと意地悪だけど、きっとひどいことをするような人ではないだろう。それに、少し話しただけで彼の有能さは十分に伝わってきた。
子どもっぽい私をからかいはしても、不誠実な様子はいっさいない。だからきっと、なんとかなるはず。

「ああ」
 
加藤製陶の再建が他力本願になってしまうのは悔しいが、回復なくして発展などあり得ないえないのだから、この選択は間違いじゃない。

入籍の日取りなど、詳しい話はまた親を交えてすると約束して見合いは終了した。気づけば出された料理にはほとんど手を付けていなかったが、もはや食べる気力はない。

千秋さんは、「今日はこれで」と早々に立ち上がった。

慌ててそれに倣って部屋を出ようとしたその瞬間、「愛佳」と呼ばれて顔を上げる。
まだなにか? と言おうとしたそのとき、素早く私の顎を掬った千秋さんは、触れるだけの口づけをした。

「なっ」

「なんだ、キスも初めてか」

〝も〟ってなんだと問い返したいのに、突然すぎてただ無意味に口を開閉するしかできなくなる。
ニヤっと笑った千秋さんを睨みつけたが、真っ赤な顔をしていては威力などまったくないだろう。さらにくすりと笑われてしまえば、無駄な抵抗にすぎなかったと悔しくなっただけだ。

「婚約成立の印だな」

それがキスってどうなのか。
こんなのが私にとってのファーストキスだったとか、絶対に認めない。認めたくない!

「気をつけて帰れよ、愛佳ちゃん」

ペット扱いの次は子ども扱いだ。千秋さんはなんとも憎らしい言葉を残して私の頬をひとなですると、仕事の時間だと足早に去っていった。

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