桜が咲く頃に、私は
覚えてる。


いや、忘れるはずがない。


去年の誕生日、家を飛び出した日。


駅の辺りを歩いていると、聞こえて来たエレキギターとベースの音。


足を止める人もいないのに、楽しそうに演奏する人達がいて、私はその中の赤いギターを弾いている人に目を奪われたんだ。


髪を後ろに流して、見せ付けるように演奏するその姿が素敵で。


あの人が持っていたギターと同じものが目の前にある。


「空が……あの人? でも、約束って……私達、何か約束したのかな」


確かあの時、勇気を出して「家に泊めてくれ」って言ったけど、断られたのがショックでその後の記憶が曖昧になってるんだよね。


ギターを元に戻し、ゆっくりと空に近付く。


そして、屈んで空の顔に手を伸ばした。


いつも下ろしている前髪を上げてみると……あの時の人に似てる。


いや、もしも本人だとしたら、似ていて当然なんだけど。


「そっか……私、こんなに近くにいたのに気付かなかったんだね。広瀬にしか目が行ってなかったってことなのかな」


もしかして空は、私が忘れてしまった約束を今でも覚えてくれていたってことなの?


言ってくれれば思い出すかもしれないのに、空は言ってくれないんだよね。
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