ショウワな僕とレイワな私
未来都市・令和

「僕はどこに来てしまったのか」

1943年。成田清士(なりたきよし)は、家族と夕食を取っていた。

「父さん、僕たちが…出陣する日は来るのですか」

父は弟の一言に手を止め、ゆっくりと飲み込んでため息をついた。

「今の戦況だと、来るだろうな」

東南アジア各地で戦闘を展開している軍の状況は決して(かんば)しくなかった。新聞やラジオでは勝利を大々的に報道していたが、実際は敗戦が色濃くなりつつあり、ついには学生も戦地に(おもむ)かなければならないのではないかといった噂が流れていた。清士は、心の中で戦争なんて良い意味はひとつもない無駄なことだと思っていたし、士気を高揚したり戦争を讃えたりするような風潮を嫌っていた。

夕食を食べ終えて寝る準備を済ませた後、布団に入った。天井を見ながら「もし出陣しなければならなくなったら?」と考えた。一度戦地に立てば、生きて帰ることや健康なまま帰ることはほぼ不可能、その覚悟も必要だ。「僕にはそんな覚悟はない」と思った。考えるごとに眠れなくなって、懐中時計を見る。カチカチと音が鳴ってゆっくりと針が進んでいくのを見ていると「どこかに逃げてしまおう」と思った。熱海や宮崎でも、あるいはこの国の外でも、この世界の外でも、この状況から抜け出して別世界に行ってしまえば、こんな悩みもなくなるはずだ、と。

こっそりと家を抜け出し、外套(がいとう)を羽織って夜道を歩く。誰にも見つからないように、静かに、速く。東京駅までの切符を握りしめて最終列車に飛び乗った。ここからどこに行こうか。どこか、この世界よりも遠いところへ行きたい。遠くに行くなら東京ではなく新橋に行くべきであっただろうか。いや、そんなことはもうどうでもいい。乗客がまばらで静かな車内に響き渡る、ガタンゴトンという線路の音。緩やかな揺れに揺られているうちに微睡(まどろ)んで、眠りに落ちてしまった−。

「次は、東京、東京。お出口は……」

はっと目が覚めた清士は、今まで見たことのない景色を見た。4人掛けの座席に座っていたはずが、横長の奇怪な椅子に座っている。車内に「東京」と響き渡ったところで電車を飛び降りた。見渡す限り、眩しかった。文字が光りながら動く看板に、白く光る「東京」と書かれた看板。線路は降り立った地面より低いところにあり、その地面もタイル床のように白い。

夢を見ているのではないかと思って頬をつねったが、痛かった。清士はこの時、自分は夢を見ているのではなく、本当に別世界に来てしまったのかもしれないと思った。
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