ショウワな僕とレイワな私
「一体どこから出ればいいんだ」

数字やアルファベット、見慣れない文体ばかりの看板の数々に困惑し辺りを見回しながら歩く清士の肩が通行人の肩に触れた。

「失敬」

通行人の足音が止まり、夜の人の少ないホームに静寂が響く。そして、また足音が遠ざかっていき人の気配が離れていく。

「あの……そこの君」

清士が呼び止めたのは、肩がぶつかった通行人−もとい、大きなバッグを抱えた背の高い女性だった。

「肩が当たってしまい申し訳ない」

女性は清士を少し怪訝(けげん)そうな目で見て、大丈夫ですと言い残し歩き出そうとした。

「お嬢さん」

女性が再び進めていた歩みを止めて振り返ったのと同時に、清士も女性に一歩近づいた。

「この駅の出口まで案内していただきたいのですが、お嬢さん、ひとつ頼まれてくれはしませんか」

「あの……急いでるんですけど」

女性は早く先に行きたいというように出口の方を指差した。

「僕は道に迷ってしまっているんです。お礼は後でさせていただくから、どうか案内していただけませんか」

「もし同じ出口だったら案内しますけど…何口から出ますか」

清士には、名前をつけて数えるほどの駅の出口の選択肢がなかった。そもそも東京と書いてあっても全く見覚えのない駅なのである。

「お嬢さんが向かう出口について行きます。とにかく僕は早くここから出たいんですよ」

女性は八重洲北口に向かった。清士は進む先で見慣れないものばかりを見つけて辺りを見回してばかりいる。ホームを下り出口に着いたところで、清士がポケットの中を探り始めた。

「お嬢さん、僕の切符を見かけてはいませんか。どこかに落としてしまったようで」

「きっぷですか…?私は見てないですけど…見当たらないなら一回来た道を戻りましょうか。それか駅員さんに言うとか」

女性は駅員がいるであろう出口の方を指差した。

「一度乗り場まで戻ってみます。お嬢さん、ここまで案内していただき、どうも。では」

清士は、女性が呼び止める隙もないほどにそそくさと歩き出し、もと来た道を戻っていった。その後ろ姿を見ながら、女性は清士のことを不審に思った。ホームからここに来るまでにキョロキョロとしてばかりで、「お嬢さん」という訳の分からない呼び方をするし口調も不自然で、何より戦前の様子を描いた小説や映画から出てきたような人だ。着ている服も学ランにマントで髪型も古っぽい。終電で家に帰ると、時々酔っ払いや変な人に絡まれるが、この人もその「変な人」の(たぐい)だと思った。女性は早く改札を通ってしまって、あの人が戻ってくる前に家に帰ってしまおうとスマホをポケットから出したが、もしあの人が切符を探しに行ったけれど見つからなかったら、とも考えてしまった。迷っていたみたいだし、きっと東京駅に来るのは初めてなのかもしれない。でも、やっぱり不審な感じもする。改札を通った女性の足は駅員の方へ向いていた。

「あの…すみません」

女性は少し眠そうな目の駅員に声をかけた。

「一緒に出口まで来ていた人がきっぷを無くしてしまったみたいで今探しに戻ってるみたいなんですけど、きっぷを無くしてしまったら再発行とかになりますか」

駅員は出口の方を見ながら少し考えた。
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