ショウワな僕とレイワな私

「心が温かくなる」

朝は晴れていたものの、咲桜が帰る頃にはしとしとと雨が降り出していた。咲桜の心の中も雨降りである。どこかひとりになれるところで、声を上げて泣きたい。一日中かけて胸中に溜め込んでしまった葛藤を洗いざらい流してしまいたい。どうして理屈で「早く帰ってほしい」なんて思っていたのか。帰り道の咲桜はひどく後悔し、自分を責めた。信頼していたはずの人がもうすぐいなくなる。そして私はそんな人に心を預けていた。そもそもこの時代にいてはいけない人だと分かっていたはずなのに、信頼してしまって好きになってしまった自分が良くなかった。

咲桜は沈んだ気分のまま駅の改札を出た。出口には朝見送られた所と同じ場所に清士が立っている。咲桜はその立ち姿を見て安心と胸の下から湧き上がるような気持ちを感じた。

「成田さんっ」

「さっ、咲桜さん……お帰りなさい」

咲桜は清士の胸に飛び込んだ。

帰るべきだ、帰った方がいい、この世界にいるべき人じゃない、人生の中に存在しない……たくさん、たくさん、ひどいこと言ってごめん。本当は行ってほしくない、さよならしたくない、ずっと私のそばにいてほしい、こうやって毎日迎えにきてほしい、失いたくない……私をひとりにしないで。

「成田さん、私……」

清士は涙で潤んだ瞳と赤く染まった頬で自分を見つめる咲桜を見て衝動的にならずにはいられなかった。咲桜にやっと自分の気持(きもち)が伝わったと分かった瞬間だった。

ありがとう、僕はあなたがとても愛おしい、できることならば離れたくない、あなたを一人にしたくない、別れも告げたくない。しかしもう僕は心算(こころづもり)をしてしまった、これが運命(さだめ)だと認めてしまった、すまない、本当にすまない。

背伸びする咲桜と、強く抱きしめ頬を撫でる清士の間には、(ぬる)く湿っぽい空気が流れ、時の流れも緩んだ。ふたりは現実に背くように目を開けず、ただ涙を流しながら優しい口づけを交わした。(しばら)くして時がまた刻々と進み出す。

「だめだよ、こんなの」

パッと目を開けて一歩下がったのは咲桜だった。

「私たち、生きてる時代が違うんだもん。成田さんは昭和で、私は令和。80年も違う。だから、こんなのだめだって」

清士は一番言われたくなかったことを言われて、思わず目を逸らした。

「時代など構うものか……いいじゃないか、せめて僕がこの時代にいる間だけでも僕の側にいてくれても」

涙ながらに清士を見つめる咲桜は、ふるふると首を振った。

「私ね、もう成田さんを引き留めたくない。せっかく自分で元の時代に帰ろうって決心してくれたのに。私は、(こころよ)く、(いさぎよ)く、成田さんを送り出すって決めたから」

咲桜は悲しい笑顔を浮かべていた。
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