ショウワな僕とレイワな私
ふたりが駅を出た頃には雨は止んでいた。

「咲桜さん、君はずっと僕に『いつかは帰らなければならない』と言っていたが、それは本心ではないのだろう」

街灯に照らされた水たまりがきらりと光っている。

「本心じゃないけど……それは規則みたいなもので、誰の意思でも曲げられないものだと思う」

「無理だけはしないでくれよ、咲桜さん。僕はまだ完全に帰ることを決めたわけではないから、咲桜さんが僕がこの世界に残ることを望むのなら一生(そば)にいても良いと思う」

清士は元の時代に帰るとは言ったものの、咲桜が一人でやっていけるか少し心配なところがあった。大翔(ひろと)の件もまだ本当に片付いたわけではない。

「私、頑張るよ。成田さんも今朝、お互いに希望を持って強く生きていこうって言ってくれたから、頑張る」

ぐっと伸びをした咲桜は、突然、声を明るくした。

「ねえ、明日何か楽しいことしようよ。成田さんが行きたいところがあったら一緒に行こう。なんでも、なんでも、楽しいこと、やりたいこと、全部やって遊ぼう」

これが私のできるせめてものことだと、咲桜は思った。見送る側が悲しいのでは見送られる方もすっきりとした気持ちでは去ることができない。悲しみを見せず、不安を感じさせず、ただ楽しいことをして、楽しい気持ちで別れるのがベストだと考えた。

「しかし咲桜さん、明日も講義があるんじゃないのかい」

「講義なんていいよ、たまにはぶっちして遊んでもいいじゃん」

清士は講義を休んでまで自分の餞別(せんべつ)のために何かをしてくれる咲桜に何か恩返しをしたいと思った。令和に来てしまった日からずっと、咲桜に会わなければこの世界のどこかで息絶えてしまっていたかもしれないと思っていた。一泊だけと言いながら数ヶ月も一緒にいて、楽しいことも、辛いことも経験してきた。自分を新しい世界に触れさせてくれた素敵な女性なのである。

「咲桜さんが良いなら……早速、明日何処(どこ)に行くかを考えよう」

清士もいつまでも暗い調子ではいられないと思い、明るく振る舞って、それで元の時代に帰ろうと考えた。灰色の雲間から月の光が差し込む青白い裏通りに、ふたりの影がぼんやりと、長く伸びた。
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