門限やぶりしようよ。
 それは本心からの言葉だった。彼ほどの頭脳と整った容姿、それに何よりも若さがあり、時間がある。無限大の可能性を示すもの。どんな高い場所にだった手の届く人だと思う。自分とは違う、自由という大きな翼を持つ生き物。海を越えて、どこまでも飛んでいけるほどの。

 彼は一瞬目を見張り、そして笑った。

「そう思う? じゃあ、俺が今なりたいものを当ててみてよ」

 今度は私が驚く番だった。彼はきっと、何にでもなれる。選べる選択肢は数多あり、どの道を選ぶかは気まぐれでしかない。

「パイロット?」

 なんとなくの、パッと思いついたイメージだった。航空機のパイロットは高収入だし、それに何より響きが格好良い。

 背が高くて端正な顔をした彼が、パイロット特有の制服を纏えばとても似合うだろうと思われた。

「ふっ……そうだね。憧れのある職業ではあるけど、違う。もっと身近なものだよ」

 彼は楽しそうな表情を見せ、私の答えを待っている。

「官僚?」

「あー、そうだね。色んな意味で魅力的ではあるけど、違う」

「社長さんとか?」

「自分の力が試される経営者も楽しそうだけど、違う」

「お医者さん?」

「お姉さんが診察出来るなら、なっても良いな」

 いかにも冗談めいたことを言ったので、私はむっとした表情になったのだと思う。彼はしてやったりな顔になったから。
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