魔女のはつこい
店への行き帰りはいつもアズロが傍にいた。人の往来が多いところでは猫の姿、そうでない時は人の姿で常にセドニーの横についてくれている。
タイガのお遣い以外では魔法屋の敷地内から出ることもないと言っていたので、基本的にセドニーの傍を離れるような事にはならなかった。

「アズロ、どう?」
「ああ、上出来だ。」

家に帰ればアズロに生活魔法を習っている。セドニーは何回か挑戦したのち、今では立派に魔法だけで紅茶をいれることが出来るようになっていた。アズロは常に魔法と共に生活をしている。アズロの使い方を見ているだけで学べるのだ、セドニーの技術はみるみる成長していった。

そしてアズロも同様に少しずつだが料理を覚えている。セドニーが料理だけは自分の手で作りたいとこだわったこともあってアズロにはちょうど良かった。

「どうだ?」
「うん、美味しい。完璧!」

二人で台所に並んで立つことにも違和感がなくなってきた。同じ時間を過ごして見えてくるお互いの姿に二人ともが満足しているようだ。共に並んで作業しているとちょっとした動きで腕や肩が触れる時がある。

「あ。」
「ああ、悪い。」
「ううん、こっちこそ。」

アズロはあの日の誓いをしっかりと守りセドニーに触れてくることはなかった。時折こうして意図なく触れてしまった時はすぐに距離を取ってくれるのだ。そのたびにセドニーは思い出す。

”今でも触れたいって思うのに、触れずにどうやって絆を深めるんだ?”

あの言葉が浮かんでは顔を赤く染める、セドニーはまだそこから抜け出せずにいた。胸の内は分からないものの、触れてしまった後にセドニーが赤くなって固まる様子を見たアズロもまた困惑の中にいる。

そんな生活がしばらく続いたころ、セドニーの修行にもようやく終わりが見えてきた。

「うん、大分安定してきたわね。ほとんど乱れることもないし…そろそろ最終試験を受けてみましょうか。」

いつもの占いの練習が終わった後、ラリマは優しく微笑みながら見習い課程の終わりを促した。驚きから一瞬反応が遅くなったが、セドニーの表情が明るくなって目を輝かせる。

「本当ですか!師匠!」
「ええ。」

思い切り息を吸い込んだセドニーは嬉しそうに両手で口を覆って身体を揺らした。言葉にならない喜びがセドニーの全身を支配する。早く、早くこのことをアズロに伝えたい。

「ああ、もうこんな時間。店ももうすぐ閉めるし下の手伝いをしてあげて。」
「はい!今日もありがとうございました!」

本当なら疲労で動きも鈍くなるだろうに、すっかり心が元気になったセドニーは駆けるように部屋を出て降りて行った。微笑みながらその背中を見送るラリマは扉が閉まった瞬間に寂しさを表情に宿す。

「なんだか少し…さみしいものね。」

今よりもっと幼かったセドニーの姿を思い浮かべてラリマも部屋の片づけを始めた。

「セドニー、まだ帰らないの?」
「うん。もうすぐ出るよ。」
「じゃあお先に。また明日。」

一人また、一人と同僚を見送ってセドニーは最後の一人になってしまった。誰かに気を配らず心置きなくアズロと話しながら帰りたい、ただその思いだけで少し落ち着いた時間にしたかったのだ。

「でもあまり待たせちゃ悪いよね。」

笑みがこぼれて仕方ない。抑えきれない喜びを抱えながらセドニーは店の扉を閉めた。

いつもならその瞬間にアズロが屋根から降りてくるが今日はその姿が見えない。不思議に思って辺りを見回してもそれらしい影はなかった。

「あれ?アズロ?」

通りに面した扉の前に立ってみてもアズロの反応はない。

「どうしたんだろう…。」

一人で帰らないように言われているセドニーはこれ以上動くことは出来ない。不思議に思いながらももう一度店の中に戻ろうと扉に手を伸ばした時だった。

「あの、すみません。」

一人の青年がセドニーに声をかけてくる。その手には魔法屋のポプリが握られており、店の客なのだという事を瞬時に理解した。

「はい、どうしました?」
「このポプリなんですけど…間違えたものが入っていまして、交換をしていただきたいんですが。」
「え…あ、申し訳ありません。大変失礼いたしました。」

青年が差し出してきたのは気持ちを緩やかにする癒し効果のポプリだ。紫色のリボンが結ってあるそれは袋のしわもなくまだ新しいことが分かる。

「どちらをお求めでしたか?」

そう言いながら青年から受け取ろうと手を伸ばした時だった。

「君を貰える?」

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