魔女のはつこい
4
「…っ!!!!!?」

最初に声にならない悲鳴を上げたのは夜が明ける前だったらしい。

「ああ、起きたか。」
「っきゃああああああああ!!!」
「いててててて!」

衝撃が強すぎてよくも分からず全身をじたばたすればアズロが痛みを訴える。それもそうだ、セドニーの手はしっかりとアズロの服を掴んだまま固定されていたのだ。
でも仕方がない。

目を覚ましたセドニーが一番最初に見たのは極端に近い距離にあったアズロの寝顔。とりあえず思考が止まって固まっているとアズロの眉間にしわが寄って反応を示した。あ、起きた。そう思ったと同時にゆっくりと動いた瞼から隠されていた金色の双眼がセドニーを射抜く。

からの、起きたか。だったのだ。

「落ち着け、俺だ!」
「やだやだやだやだ!なんでアズロがいるのー!!!?」
「違う、ここは俺の部屋だ!」
「きゃあー!!なんでアズロの部屋にいるのー!!?」
「いいから落ち着け!」
「いやあああ!」

ああ、くそ!そう吐き捨てた声がするとアズロは力強くセドニーを引き寄せて自分の胸に押し付けるように抱きしめた。もちろんそれは今のセドニーには逆効果で。

残念ながらセドニーの悲鳴は更に輪をかけて強いものに変わってしまった。

「きゃーっ!!」
「セドニー、昨日の事は覚えているか!?」
「ムリムリムリムリー!」
「俺が助けたこと、覚えているか!?」

助けたこと、その言葉に反応してセドニーの脳裏に一つの記憶がよみがえった。途端に暴れていた身体は硬直し、息が詰まる。それは強い恐怖の体験で、自分を食べようとしたあの男の気味悪い表情が鮮明に浮かび上がる。

「あ…ああ…っ。」
「大丈夫、あいつはもういない。あいつを倒した後に家に帰ってきて、セドニーがそのまま寝てしまったからここに運んだ。」

トントンと優しく背中をさすられながら聞く声は耳に心地いい。この温もりには覚えがあった。それは昨日ずっとアズロがしてくれていたことだ。大丈夫だ、昨日と同じ言葉を繰り返しては背中をさすってくれる。

思い出したことで強い恐怖心が身体を支配しそうになったが、アズロのおかげでゆっくりと解されていった。大きく息を吐けば強張っていた身体から力が抜けていく。

そうだった、あの時もう駄目だと悟った時にアズロが助けに来てくれたんだ。

「ありがとう…もう大丈夫…。」
「…ああ。」
「…うん?でも何でアズロの部屋なの?」
「セドニーが俺の服を掴んで離さなかったから。今も。」

何となく否定しきれない自分に戸惑いながらも手の違和感に目を向けた。確かにセドニーの両手はしっかりとアズロの服を掴んでいる。そしてずっと同じ形にしていたせいか指が固まってしまって手を離すことが出来なかった。

「ご、ごめ…っ。え、指が動かない!?」

きっとアズロはセドニーの部屋に入ることを遠慮して自分の部屋にしてくれたのだろう。起きた早々暴れてしまったがアズロには申し訳ない気持ちでいっぱいになりさらに泣きたくなった。

慌てて離れようとするもそれは敵わない。強引にでもしようとすればアズロの手が優しくセドニーの手を包んだ。

「…無茶をするな。怪我が酷くなる。」

その言葉に動きを止めるとセドニーの視界の中に右手首が入って目を奪われた。

それはあの時あの男に強くつかまれた痕だった。

「俺が剥がすから待ってろ。」

そう言ってアズロが指を一本ずつ剥がしていく。ゆっくりと丁寧に、特に痕が濃く残る右手はより注意を払って。そんな様子をセドニーは放心状態で見ていた。

ようやく剝がされた指は力がうまく入らなくて違和感が強く残る。少しずつ動かして感覚を取り戻そうとするも意識がどこか遠くに行ってしまったようでセドニーの視点が定まらなかった。

「本当なら痛みを感じる筈だ…どうだ?」
「…うん。」

それはきっと痛みは感じないという返事だろう。つまりセドニーは未だ気持ちが落ち着いていないという事だった。現にセドニーはあれだけ暴れてみたものの、ずっとその身体は横たわったままなのだ。
< 42 / 71 >

この作品をシェア

pagetop