魔女のはつこい
「セドニー、無事か。」

優しい声が頭上から降ってきてもセドニーは顔を上げられない。それどころかアズロの服を掴んでいた手により力が入ったようにも感じられた。アズロからはセドニーの顔が見えない。

「怪我はないか。」

余程強い恐怖を感じたのだろう、セドニーは小さく震えながら首を縦にも横にも振ることが出来なくなっていた。顔はアズロの胸にうずめたまま上げる様子はない。

「…遅くなってすまない。」

その言葉に反応してセドニーが首を横に振ったことで彼女のふわふわとした髪が揺れた。アズロはもうどう声をかければいいのか分からずセドニーを強く抱きしめることしかできなかった。

ここにいると、大丈夫だという思いを込めて自分の引き寄せる。強く引き寄せたことでセドニーが肩を微かに震わせながら声を殺して泣いていることが伝わってきた。

その姿が余計にアズロの思いを募らせる。

「…帰ろう。」

やがてアズロはセドニーの膝裏に手を回すと軽々と抱き上げて家へと向かった。誰の目にも晒さないように、細心の注意を払いながら夜の街を駆ける。




「…家に着いたぞ。」

帰宅したことを伝えてもセドニーの様子は何も変わらない。しっかりとアズロの服を握りしめて胸に顔をうずめたままだった。

さすがに心配から困惑になってきたアズロはこの次の行動に迷ってしまう。とりあえず帰宅することを目標としていたので、この先どうしたらいいのか全く見当もつかなかったのだ。

どうしてやればいいのだろう。

未だ小さくすすり泣く声が聞こえてくるセドニーを引き離すつもりはない。でもこうして抱きしめるだけでは足りない気がして、何よりセドニーが安定しないと思い狼狽えた。

悩みに悩んで、部屋を見渡して出した結論が抱きかかえたままソファに腰を下ろすことだった。

座った。次はどうしたらいいのだろうか。

こういった状況に慣れていないアズロは助けを求めるように天井を仰いだ。

どうすればいい。

そう胸の内で呟いたときに思い出したのが、まだ群れにいた頃の母親たちの姿だった。小さな兄弟たちは怖い夢を見たと昼でも夜でも泣いて仕方ない時が何回かあった。その都度母親が寄り添っては優しい言葉をかけながら、安心させるように身体を摺り寄せたりしていたのだ。

「もう大丈夫だ。ここは安全な場所だから心配しなくてもいい。」

そう言いながら優しく肩を叩いてやる。同じような言葉を何度も何度もかけて頭も撫でてやった。ここにあるのは優しさだけだと伝わるように、丁寧な言葉で寄り添ってやる。

本当は自分の失敗を謝りたかった。遅くなってごめんと、怖い思いをさせてごめんと。しかしそれを口にした時だけセドニーは首を横に振ったのだ。

セドニーは謝罪を求めていない、謝ることは自己満足だと悟ったアズロはただひたすらに彼女を安心させてあげることだけを考えた。

「大丈夫だ。ここにはセドニーを守ってくれるものしかない。」
「大丈夫だ。俺はここにいる。」
「大丈夫だ、俺が絶対に守ってみせる。」
「大丈夫だ、セドニー。」

それは確かにセドニーに届いた。すすり泣く声はいつしか止んで彼女の心を穏やかな場所へと連れていく。ふわりと温かいものにくるまれた感覚があった。アズロが毛布でセドニーを包んでくれたのだ。

「俺がいる。」

そうだ、アズロがいる。

「大丈夫だ。」

もう大丈夫だ、この言葉を信じていい。
そう思うと胸が暖かくなってセドニーはゆっくりとその意識を手放し身体を預けていった。
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