魔女のはつこい
必ず助けに来て。

その救命の懇願は、アズロへの信頼を意味している。助けて欲しいと、頼りたいのだというセドニーからの切望だった。
堪えることが出来なかったセドニーの涙は静かに流れていく。

「ああ…っ、勿論だ。」

セドニーの言葉にアズロまで目を潤ませて答えた。力強いその金色の目は必ず成し遂げてくれると信じられる。安心から笑みがこぼれたセドニーはゆっくりと身体を起こして真っすぐにアズロと向かい合った。

「ありがとう、アズロ。」
「…こちらこそだ、セドニー。」

言葉を交わせば、どちらともなく距離を詰めて二人は抱き合った。それはとても自然な行動、特別な感情など何もない。

それは二人にとって当然だったのだ。抱き合ったことでお互いの温もりを感じてその腕に力が籠る。アズロの匂いにセドニーは安堵の涙を流した。

「私も守るよ。もっと強くなって自分だけじゃなくアズロだって守ってみせる。」
「頼もしいな。」
「大きな事言っちゃったけど…まずは身を守る為の方法…考えなきゃね。」
「基本は大事だ。焦らなくてもいい。」
「…うん。」

アズロの声が抱き合っている身体の振動を通してもセドニーの中に響いてくる。アズロがいる、ただそれだけでなぜか安心することが出来た。

大丈夫。

「怖いけど…大丈夫。」
「ああ、大丈夫だ。」

アズロを抱きしめる手にほんの少しだけ力が籠る。セドニーの背中にあったアズロの手が優しく撫でてくれた。ああ、これだとセドニーの心が安堵を得て温かくなった。心地いいと感じるほどに。

「セドニーの中の恐れが少しでも小さくなるよう、俺を信じてもらえるように努力する。」
「うん…ありがとう。」
「だからセドニー、俺の対の魔女となって欲しい。俺をセドニーの対の魔獣だと認めてほしい。」

背中を撫でていた手が止まり、自分の方に引き寄せるようにアズロはその腕に力を込めた。そうしたかと思えば優しく解いて二人の間に空間を作る。
ゆっくりと身体を離してお互いの顔が見れるくらいの距離を取ったアズロは改めて口を開いた。

「セドニー、この耳飾りを受け取って欲しい。」

そう言いながらアズロは右耳に付けていた耳飾りを外してセドニーの前に差し出す。それはあの日セドニーが拾った耳飾りだ。
同じものがまだアズロの左耳にあった。

「…これ、アズロたちが対の魔女に渡す物なの?」
「いや、対の約束を交わすときに何か必要という訳ではないが…俺が渡したかった。」
「アズロが?」
「互いが…互いの物であるという何かというか。俺にもよく分からないが、セドニーに持っていて欲しいと衝動的にそう思った。」

真っすぐにセドニーを見てはいるが困ったような照れたような、はにかむ表情がアズロにしては珍しい。褐色の彼の掌の上で小さく音を鳴らした耳飾りは、まだ薄暗い部屋の中では美しい筈の色が潜めている。

セドニーは何も言わずに耳飾りをそっと取ると、自分の右耳に居場所を移した。手を離せば少し耳に重みを感じる。きっと自分の耳元で同じ様に自分を彩ってくれているのだとアズロの左耳にある飾りを見つめた。

その様子をアズロはずっと見つめていた。

「似合う?」

嬉しいけれど、少し恥ずかしい、そんな気持ちを込めて微笑んだセドニーにアズロの瞳が揺れた。

「ああ、よく似合う。」

まるで少年の様に歯を見せて笑うアズロは本当に嬉しそうだ。アズロが嬉しそうに笑う、それだけでセドニーもなんだか嬉しくなった。心がくすぐったい、でも温かくて心地よかった。

「セドニー、俺の魔女。」

アズロの左手がセドニーの右耳に優しく触れる。なんだか擽ったくてぎゅっと目を閉じ、肩を竦めた瞬間だった。

セドニーの唇にアズロの唇が重なる。

その瞬間、セドニーの目は大きく開き、彼女の時間は止まってしまった。目の前には目を閉じたままのアズロの顔がある。
やわらかく心地いい感触が自分の唇に触れている。

キスをした。

そうしっかりと認識したのはアズロの顔が少し離れてお互いに目が合った時だった。
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