魔女のはつこい
「き…キスした。」

顔を真っ赤にしてさっきまでの感触を探すようにセドニーは自分の唇に触れる。そんな彼女の心境が分からないアズロは不思議そうに首を傾げた。

「ああ、したな。」
「な、なんで?」
「何でって…。」

そこまで言いかけて今度はアズロが目を見開いて固まってしまった。そう、彼は思い出したのだ。この家に住み始めた初日に誓ったことを。

”セドニーが見習い課程を終えるまで不用意に触れない”

目の前には暗闇でも分かるくらいに顔を真っ赤に染めたセドニーが困惑しながらもこっちを見ている。アズロは自分の顔が彼女と正反対の青色に染まっていくのが分かった。

「わ、悪い!!つい、したくなって!!」

これはただの自白だった。しかしそれが良くなかった。アズロの発言に肩を跳ねさせたセドニーはさらに困惑の色を深めたのだ。

「あ、いや、そうじゃなくて。ずっと堪えてきた分、つい反動が…。」
「反動!?」
「ああっちょ…ちが…わないけども。」

口を開けば開くほどにセドニーと心の距離が開いていく気がする。アズロはどうしていいのか分からず自分の頭をわしゃわしゃと思い切り両手で掻きむしって唸り始めた。

「…嬉しかったんだ。」

対である証として贈った耳飾りを受け取ってくれて、自分を頼りにしてくれて、魔獣である自分を守るとも言ってくれて。

「絆を感じられたような気がしたから…。悪い…嫌だったのか?」
「い、嫌じゃないけど…っ!」

反射的にアズロの言葉を否定してもそれ以上の言葉が出てこない。セドニーの心が分からずアズロは少し混乱したように眉を下げた。そして申し訳なさそうにほほ笑む。

依然顔が真っ赤なままのセドニーはどう説明していいのか分からず何も言えなかった。

「俺は…反省する。」
「え、いや、ちが…そうじゃなくて。キスとか…好きな人とするものだから。」
「…そうか…まだ好かれていなかったから…。」
「あ、いや、ええええ…。」

目に見えて落ち込んでいくアズロを前にセドニーから言葉にならない声が漏れる。心なしか身体を後ろに引いて距離を取ったアズロにもどかしい気持ちを抱いた。この感情をどう伝えたらいいのだろう。自分の中でも見つかっていない分かりやすい言葉は何というのだろう。

「…好きとか、アズロに対してどんな表現がいいのか分からない。でも絶対に嫌いじゃない…の。それだけは言えるよ。」

面と向かって伝える勇気はないけど、視線を落とすことで逃げ道を作ってセドニーは懸命にアズロに伝えようと頑張った。せめて今分かるところだけ、伝えなきゃいけないところだけでも言葉にしないといけない。

「尊敬だってしてる。」
「セドニー…。」
「いま…分かるのはっ。は…恥ずかしいってこと、です。」

どれだけの勇気を振り縛ったか分からない、でももう限界に近かったセドニーはとにかく逃げ出したくて両手で顔を覆った。バクバクと音を立てて鳴る心臓が痛い。顔を中心に全身が熱い。

とにかく恥ずかしかった。

「それは…どう捉えたらいいんだ?」
「お願い…これ以上聞かないで…。」

恥ずかしさで気を失えそうだ。言葉を交わすだけでも精一杯、それなのにアズロの手が顔を隠しているセドニーの手を緩やかに掴んでくる。

その瞬間はわずかに力が入ったけど、されるがままにセドニーの両手は離れていきセドニーの視界が開いた。

そしてまたアズロの唇がセドニーのそれに重なった。

「…んっ!?」

声にならない戸惑いの音がセドニーから聞こえる。

さっきとは少し違う、もう少し深い重なりがセドニーを襲い全身が震えた。逃げようとする身体を抑え込むように、アズロは体重をかけてセドニーをベッドに沈め彼女を閉じ込める。

何度も何度も唇の合わさる角度を変える度にセドニーの身体が跳ねた。息継ぎの為に口を離してはまたすぐに囚われる。アズロの手がセドニーの頬に触れ、身体の中心から痺れるような感覚がセドニーの全身を支配した。

アズロが納得するまでその行為は続く。

ようやく離れたときにはセドニーの目に涙が貯まり真っ赤な顔はそのまま、戸惑いながらも睨むセドニーの右耳にはアズロが渡したばかりの耳飾りがある。その姿を見てアズロはふと我に返った。

「…これは、やりすぎた気がする。」

ベッドに押し倒した体勢、息を弾ませるセドニー、今まで感じたことのない欲情の空気にアズロも勘付くものがあったようだ。

「これは…じゃ、ない!!!」
< 45 / 71 >

この作品をシェア

pagetop