魔女のはつこい
「もう禁止!!」

叫ぶなりセドニーは目の前にあるアズロの口を両手で押さえた。

「なんでもう一回したの!?」
「すれば何か分かるかと思って。」
「きゃあ!手の中で喋らないで!!」
「どうしろと言うんだ…。」

手を離せばまたされるかもしれない、でも手を当てたままだと擽ったくて仕方ない。アズロの言うようにセドニーは自分でもどうしたらいいのか分からなくなった。困ったように目を細めるアズロに返す言葉もない。

でもここまでセドニーを混乱させたのはアズロなんだと思えば我を通すしかなかった。

「と…とりあえずどいて…っ。」

さっきまで抱き合っていた時とは違う。完全に押し倒されている状況は心臓にものすごく悪かったのだ。あまりの混乱状態でセドニーの声はわずかに震えていた。

「この体勢は…恥ずかしすぎるのっ!」
「これが?」

普通だろうと続けそうなその態度にセドニーは困惑した。アズロにとっては何てことない体勢かもしれない。それはヒョウである彼にはよくある体勢だからだろう、しかし人間であるセドニーには特別なものだった。子供の時ならまだしも、ある程度成長してからなんて有り得ないものだ。それはヒョウであるアズロも同じではないかとふと疑問に思った。

「アズロだって大人になってからこんな事しないでしょ!?お、女の人にこんな…っ。」
「…確かに…そうか?」
「そうだよ…そうであってよ…。」

弱々しく懇願する言葉に目を伏せるとアズロはゆっくり身体を起こしてセドニーとの距離を取る。すぐそこにあった温もりが離れたことの寂しさと、よく分からない罪悪感がセドニーの中で生まれた。

これは人間と魔獣との感覚の差なのだろうか。そんな事を同時に思ってお互いに胸の内で答えを求めあった。そして先に解決策を思い浮かべたのはアズロだ。

「タイガに助言を貰ってくる。」
「きゃー!ダメ、絶対にダメ!!!」
「いや、でも分からないんじゃ…っぶ!」
「だからって絶対にダメ!!!」

すっかり興奮したセドニーはおもいきりアズロの顔面を目掛けて枕をぶつけた。それが効いたのかようやくアズロが大人しくその場に座る。しかしその表情はただただ戸惑い困っていた。

「嫌では…。」
「ないけど!ダメなの!」
「見習いが終わったらいいのか?」
「そういう問題じゃないの!」

恥ずかしさで頭がおかしくなりそう、セドニーは強く目を閉じて懸命に自分を落ち着けようとした。しかし目を開ければそこにはアズロがいる訳で。

「アズロの顔が綺麗なのがダメなんだよ…。」

ぽつりと零れた言葉はセドニーにとって意図したものではない。思わず言ってしまったと口を押さえたときは遅く、アズロは目を丸くさせて瞬きをしていた。聞かれてしまったのだろうか。

「でもセドニーはヒョウの姿が怖いんだろう?猫の姿は少し力が使いにくくなるから、あまり常用にしたくない。」
「え?」

そう言われてセドニーは気が付いた。初めて会ったあの日以来アズロは黒ヒョウの姿を見せていない。何故それに今まで気が付かなかったのだろう。

あれだけアズロは黒ヒョウだと自分でも理解していたはずなのに結局は文字として頭に残しただけだったのだ。アズロはずっとセドニーの為に気を遣ってくれていた、これまではアズロの配慮だったのだ。

ヒョウの姿は本来の姿の筈、セドニーは彼の芯の部分をずっと怖がっていたことになるのだ。これでは対の魔女だなんていえる資格はない。

「ごめん、私…。」

自分が今までしてきたことの無神経さに怖くなって震えた。どれだけアズロを傷つけていたのだろうと。

「気にしなくていい、初めが初めなだけに仕方がない事だ。」
「でも、…私はアズロの対の魔女なの。怖がってちゃダメだよ。」

胸のあたりで手を握りしめるとセドニーはアズロの目を見てお願いした。

「アズロの本当の姿…見せてくれる?」

セドニーの言葉にすぐ答えられなかったアズロは視線を僅かにさまよわせた後、その目を閉じてその身を光で纏う。チカチカと光の粒がきらめく中、あの日以来の黒ヒョウがその姿を現した。
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