一途な部長は鈍感部下を溺愛中


──三年前。


社長に声を掛けられてN.Dreamへ入社し約一年半。現状視察と称して国内のあちこちの支社を廻っていた俺は、その年から本格的に本社勤めとなった。


たっぷりと与えられた視察期間で浮き上がってきた幾つもの問題点。それを解決するための計画を立てるのが俺の仕事で、深夜まで仕事してることも珍しくなく、その頃が一番詰めていたと思う。


勿論強制されていたわけではなく、社長はそこまで根を詰めなくてもいいと言ってくれていたが、一区切りつくまでは一息で進めたくて、会議のない時間帯は与えられた部屋に閉じ篭っていた。勿論、人事部長を拝命してからは帰れる時は帰るように心がけているが。


そんな風に連日遅くまで、時には徹夜をしながら仕事をしていたある日。


曇りひとつないガラス張りの自動ドアを潜ると、広いエントランスと受付があり、俄にざわめく声が聞こえてくる。


男女問わず不躾に送られる視線。

男からは、突如現れた謎の男に対する懐疑的な。女からは、好奇心や色を含んだまとわりつく様な眼差し。


特に女からの視線が不快で、猫なで声の挨拶がこちらに向けて放たれるのを無の感情でやり過ごしながら、受付を通り過ぎ、エレベーターホールへと早足で歩みを進めようとした、その時。


「おはようございます」


耳障りでしか無かった雑音が、風鈴の音のような涼やかな声に吹き飛ばされた。


声に導かれるように顔を上げると、相手も軽く下げていた頭を丁度戻したところだった。


きょとり。丸い瞳と目が合う。


いつも受付の一番端にいる女の子。他の女とは違い、全ての社員に平等に接する姿が印象的で、向けられる笑顔には偽りがない。


それは俺に対する態度も例外ではなく、何の下心もなく向けられる挨拶が、ホッとするなと思ったのを覚えている。


「?」


不思議そうに微笑んだ彼女が、少しだけ首を傾げた。


< 190 / 200 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop