仕方なく結婚したはずなのに貴方を愛してしまったので離婚しようと思います。


 嫌がる穂乃果に有無を言わせず車の助手席に放り込まれ、あっという間に車が発進していく。住宅街を抜け、大通りに出て暫く走っていると高級ブランド街みたいな所に出た。ガラス張りの店舗がズラリと並びこれでもかって言うくらいキラキラ光っている。


「着いたよ」


 お店の駐車場に車を停めた玲司はすぐに運転席から降りトレーナーにデニムの穂乃果をエスコートしてくる。恥ずかしい。恥ずかしいけれど律儀に穂乃果が手を取って降りるのを玲司は静かに待っている。
 仕方なく玲司に差し出された手に自分の手を乗せると満面の笑みを見せてきた。そんなに嬉しかったのだろうか。玲司の考えていることが本当によく分からない。


「ん、行こうか」
「はぁ……」


 離さないと言われているようにギュッと握られた手。もう諦める事にした。連れられて訪れた店、もう見ただけで高いと分かる見たことあるハイブランドのロゴ。


(こ、こんな高いお店……)


 今までの穂乃果の人生、このブランドの服を自分が身に纏うなんて思ってもいなかった。常に貧乏だったのだから。
 それなのに玲司はスタスタとスムーズに店に入るなり女性スタッフの人に「妻に似合うオフィス用の服を何着か見繕ってもらえるかな?」と指示している。もちろん女性スタッフの人も「かしこまりました」とすぐに返事をし、穂乃果は流れ作業のようにフィッテングルームという場所に連れてこられていた。


「あ、あの……」
「奥様の好みなどを伺ってもよろしいですか?」
「あ、えーと。な、なんでもいいです。派手じゃなければ」


 奥様、と言われて歯痒い気持ちになった。確かに結婚はしたけれど奥様と呼ばれることは滅多にない。外に出ていない言うこともあるけれど、奥様なんて呼ばれたのはウエディングフォトを無理矢理撮らされた時以来のような気がする。


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