冥婚の花嫁は義弟に愛を注がれる
「ねー、颯太(そうた)くん、そちらの方に席を変わってもらったの」

 すみれと呼ばれた女の人は、ささやくように言う。私に聞こえないようにと配慮したつもりだろうが、ふたりの様子は手に取るように伝わってきた。

「えっ、そうなんだ。お礼、言った方がいいか?」

 そう確認しながらも、すぐさま立ち上がったのだろう。いすがきしむ音がする。

 紅茶カップをおろして振り返ると、颯太という名の青年はすでに頭をさげていた。

「すみませんでした。わざわざ、席、変わってもらったみたいで」
「いえ、大したことではありませんから」

 私も頭をさげる。すぐに姿勢を戻そうとするが、頭をあげた颯太は私の顔を見るなり、「あっ」と声をあげた。

 ちょっと驚くと、彼はあわてて言う。

「突然、すみません。もしかして、綾城堂の綾城さんですか?」
「はい。失礼ですが、どこかでお会いしたことがありましたでしょうか?」

 知らない人に声をかけられるのは珍しくない。綾城家は名家で、一方的に知っている人も多い。尋ね返す私に、彼は気まずそうに言う。

「あー、いえいえ。さっき、病院で、看護師さんがあなたを『綾城さん』って呼んでたので。もしかして、綾城さんって、綾城堂の綾城さんかなと思ってたんです。立ち聞きしてたみたいで、すみません」
「綾城堂のご利用の方でしたか。存じ上げませんで、失礼しました」
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