天才脳外科医はママになった政略妻に2度目の愛を誓う
 彼は本当に申しわけなさそうに表情を沈ませる。

「ううん。心配しないで病院に行って」

「じゃあ」と、背中を見せる啓介さんに声をかけた。

「あ、啓介さん、ありがとうね、いろいろと」

 彼は知り合いの弁護士を手配してくれた。

 とてもまめな弁護士事務所の事務員の女性が葬儀屋との細々したやりとりまで引き受けてくれたし、相続やら厄介な手続きも随分楽できそうだ。

「別にいいさ、なにかあったらすぐに連絡するんだぞ。無理はしないようにな」

「うん。啓介さんもね」

 手を振って、彼を乗せた車を見送り、車が角を曲がり見えなくなったところで、顔に貼りついた笑顔がはらりと落ちた。

 さよなら、啓介さん。

 ありがとうと思う気持ちに嘘はない。私は心から感謝をしている。

 でも信頼は揺らいでいる。もうあなたを信用はできない。


 愛人に子どもまでいるのに、見せかけの優しさで私をまんまと騙したんでしょう?

 ちょろいと笑っていたのかもしれないね、鈴本小鶴さんと。

 その反面、彼は恩人には違いないのだ。

 啓介さんがいない状態で父が倒れていたら、私たち母子はただ路頭に迷うだけだった。それがわかるだけに、彼をただ憎む気持ちにはなれないけれど、もう一緒にはいられない。

 ただこれだけは言える

 私たち夫婦はもう、壊れてしまった。



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