天才脳外科医はママになった政略妻に2度目の愛を誓う
 流樹は私をジッと見た後、資料に目を落とし、顎に指をかけて考え込む。

「彼に愛はなかったの。彼が欲しかったのは病院なんだよ。母とも話したんだけど、病院はもういいの。私も弟も病院の経営をする自信はないし。母はね、長野に帰るつもりでいるの」

 母の実家は長野の大きなリンゴ農家だ。

「母の実家に頼らなくても、軽井沢の別荘があるからそこでのんびり暮らしたいって。もともと都会の空気は合わなかったって言ってるんだ。私も長野で暮らすつもり」

「こっちの家は?」

「全部処分しちゃう」

 今となっては、母も山上総合病院に一切の未練はない。むしろ憎んでいるくらいだ。

 それは私も同じ。

「莉子がやられっぱなしなのは私も悔しい。一泡吹かせてやりたいよ流樹!」

 瑠々にも言われて、流樹は大きく溜め息をつき、ついにうなずいた。

「そういう話ならわかったよ。子どもの父親のふりしてあげる」

「ありがとう、流樹!」

「かわいそうに、そんなに痩せちゃって」
 流樹はポンポンと私の頭を叩く。

「安心して出産しておいで」

 流樹の微笑みにホッとして涙が溢れてくる。

「莉子ー」
 瑠々も泣き、わたしたちは抱き合って泣いた。

 流樹は困ったようにまた溜め息をつきながら、「オレも父親か」と、呟いていた……。



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