貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
家を出る
 日曜日、譲が知り合いから借りたというミニバンに乗り、二人はマンションへと向かった。

 今日は力仕事もあるかもしれない。そう思い、パンツにゆったりとしたシャツとラフなスタイルで臨む。

 事前に晃にはメッセージを送っていたので、今日は帰ってこない予定だった。

 マンションの駐車場へと入り、来客用のスペースに車を停める。ふと晃の車を探すが、どこかに出かけているのか、駐車場に車は停まっていなかった。真梨子はホッと胸を撫で下ろす。

 ちょうどその時譲のスマホの着信音が鳴った。

「あぁ、俺だ。着いたか? あぁ、わかった、今から行くよ」

 そう話して電話を切った譲に、真梨子は尋ねる。

「……もしかして今日手伝ってくれる人? 私まだ誰なのか知らされてないんだけど」
「そうだったな。じゃあとりあえず行こうか」

 車から降りると、鍵を使ってマンションの中へと入る。

 自分が十年も暮らしたマンションにも関わらず、真梨子はどこか緊張していた。今日が最後だからか、それとも手伝いに来てくれる人が誰だかわからない不安なのか……。

 譲は何も言わずにただ真梨子の手を握ってエントランスへと歩き出す。ちらっと彼の顔を見上げると、ただ微笑んで真梨子を見ていた。

「あっ、いたいた」

 譲の視線の先には、オートロックで閉まったドアの向こう側で手を振る二人の人物がいた。

 その二人を見て、真梨子は開いた口が塞がらなくなる。

 ドアが開くと、二人は手を振りながら駆け寄って来た。

「真梨子さーん! お久しぶりです!」

 二葉と匠が、まるでペアコーデのようにデニムとパーカー姿でやってくる。

「力仕事には自信がありますから、なんでも言ってください! 今日はめいっぱいお手伝いさせていただきますね!」

 やる気満々な二葉に対し、匠が困ったような笑顔を浮かべる。

「兄さんが俺じゃなくて二葉に打診したものだから、もうやる気になっちゃって……ご迷惑じゃないですか?」
「匠に聞いたら断りそうな気がしたからさ。二葉ちゃんは真梨子が好きみたいだから、きっと手伝ってくれるだろうなと思って」
「兄さんの読み通り、二つ返事だったもんな」
「当たり前です! 私は真梨子さんの友達ですから」

 三人の会話を聞きながら、真梨子は思わず吹き出した。

 あぁ、そうだった。私にはこの三人がいたんだわ。

「確かに頼りになる二人だわ。しかもこの二人なら面も割れているし、部屋に連れて行っても問題なさそうね」

 真梨子の笑顔を見て、譲はホッとしたように頭に手を載せる。

「俺は車で待ってるから。何があったらすぐに連絡してくれ」
「えぇ、わかった」

 そして譲は再びエレベーターで駐車場へと戻っていく。真梨子は寂しさを感じながら、その背中を見送った。
< 111 / 144 >

この作品をシェア

pagetop