貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
見えなかった真実
 夕食の片付けをしていた時、譲のスマホの着信音が響く。仕事の連絡ならば書斎に行く譲が、そのままソファに座って電話を取る。

「もしもし。うん、どうかしたか?」

 誰かしら……真梨子は気にしながら、皿を片付けていく。

「うん……それはおめでとう。良かったな。あぁ、わかった、じゃあな」

 あっさりと電話を切ると、立ち上がって真梨子のそばまでやって来る。

「匠から。二葉ちゃんにプロポーズして、来週彼女の実家に挨拶に行くらしい」

 思いがけない報告を聞き、真梨子は嬉しさのあまり、拭いていた皿を落としそうになる。

「本当? いやだ、なんだか自分のことのように嬉しいわ」
「そうだね。俺もそう思った。再来週にはうちの両親に挨拶するらしい」
「とんとん拍子ね。でも……良かった」

 譲は微笑むと、真梨子の背後に回って抱きしめる。

「……譲?」
「なんでもないよ。真梨子を抱きしめたくなっただけだから」

 言いたいことはわかってる……私もあなたとの未来を夢見てる。半年も待たずにあなたのものになれたらって思う時もあるの。

 でも……最近また考え過ぎてる自分がいるのも確かだった。彼の立場を考えると、私は分不相応な気がしてしまう。バツイチの私が社長夫人なんて……。

 求められると嬉しいのに、不安ばかりが募ってしまう。

 その時、真梨子のスマホの着信音も鳴り響く。カバンの中にしまったままだったことを思い出し、慌てて取りに行こうとするのを譲が止める。

 譲が取りにカバンを行ってくれている間に、真梨子は皿を片付けてしまう。それから戻ってきた譲からスマホを受け取った。

「もしもし」
『あっ、真梨子さんですか? ご無沙汰してます、二葉です』
「この間は引越しの手伝いをしてくれてありがとう」
『いえいえ! また何かあったら言ってください。あの、お兄さんから聞いているかもしれませんが、匠さんと結婚することになりました!』
「えぇ、聞いたわ。おめでとう。私もすごく嬉しい」
『……ありがとうございます! あの……それでですね、真梨子さんのこと、お姉さんって呼んでもいいですか⁈』
「……あなたね、まだ早いわよ。とりあえず自分のことをやりなさい。これから忙しくなるんでしょ?」
『そ、そうなんです! いろいろ調べたらやることだらけで……!』
「二葉ちゃん」
『は、はい!』
「いずれまた女子トークしましょうね」
『も、もちろんです! 楽しみにしています!』

 電話が切れても、真梨子の心は温かいままだった。"お姉さん"だなんて、くすぐったい。

「真梨子」

 譲に呼ばれて振り返った真梨子は、彼が持っていたものを見て驚いたように目を見張った。

 それはあの家の鍵だった。
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