貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
終わる
 真梨子は久しぶりに自宅マンションへと帰ってきた。元々晃が住んでいたマンションに、真梨子が越してきて十年。ここから離れたことはなかった。

 ただ真梨子にとって、ここはいつまで経っても晃のマンションであり、そこに住まわせてもらっているという感覚が抜けなかった。引越しを提案したこともあったが、晃の勤務する病院からほど近く、広さも十分にあるこのマンションを出る理由にはならなかった。

 エントランスを抜け、エレベーターに乗りボタンを押す。緊張感が抜けず、まるで他人の家に行くような気分だった。

 インターホンを押すか悩み、とりあえず自分の鍵を使いドアを開ける。

 中は静まり返っていたが、リビングの方から足音がし、晃が姿を現した。表情は重暗く、真梨子の話の内容を予期しているかのようだった。

「おかえり」
「……ただいま」

 彼の後についてリビングに行くと、真梨子が出て行った日と変わらず、整然としていた。

「……帰ってなかったの?」
「いつもと一緒だよ。今朝帰ってきたんだ」
「そう……」

 真梨子はいつものようにダイニングの椅子に座ると、カバンから茶封筒を取り出す。それが何なのか察したように、晃は顔を真っ青にして、真梨子の向かいの椅子に腰を下ろした。

「……俺は別れたくない……なぁ、もう少し様子を見ないか? 俺もいろいろ反省したんだ。この間バーで、君の友人の女の子にはっきり言われたよ。もっと君に寄り添ってあげてくれって……確かに俺は自分勝手だった。本当にすまないと思ってる。だから……!」

 晃は懇願するような表情を見せてから、テーブルに額をつけて謝罪する。

 今までの私ならきっとここで彼を許して、元のように接しただろう。いや、もしかしたら晃自身もそうなると見越しているのかもしれない。

 真梨子は大きく息を吐いた。でももうそんな甘い私じゃない。

「私は十年、ずっと同じことを言い続けてきた。でもあなたは全く取り入ろうとしなかったじゃない。私の苦しみをわかろうともしないで、あなたの都合だけで生きてきた。でもね、私にとっては我慢ばかり、息だってまともに出来なかったわ。バーで言われた言葉で反省した? あの子の言葉は私が叫び続けてきたことよ。それなのに、妻より他人の言葉が響くってどういうことなの⁈」
「そ、それは……」

 真梨子が反論すると思っていなかったのか、晃は言葉が見つからず口を閉ざした。
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