龍神さまのいるところ

第3話

「凄いよなー。凄い人って、なんであんなに凄いんだろうなー」

 写真部部室の窓から、山本と二人で外を眺めている。

今日は体育館に演劇部の割り当てがないから、外練習の日だ。

すっかり演劇部専属カメラマンと成り果てたみゆきが、無駄にシャッターを切りまくっている。

「別に……。ちょっと派手な活動してるから、面白がられてるだけだろ」

 くだらない。

他人のやってることになんて、構ってられるか。

そんな暇があったら、いい写真を撮る努力をしてる方が、ずっといい。

カメラを手に取ると、外へ出た。

演劇部員なんかと、顔も合わせたくない。

普段は近寄りもしない、校舎裏へ回った。

色あせた壁を懸命に這う蟻を見つけて、レンズを絞る。

シャッターを切ろうとして、手を止めた。

「そんなに動き回ってたら、撮りにくいだろ、お前……」

 さっきまで見ていた光景が、頭にちらつく。

演劇部員の周りをちょろちょろしていたみゆきと、自分のどこが違うんだろう。

撮りにくいとか撮りやすいとか、そんなことじゃなくて、本当は……。

 壁に張り付いていた蟻が、ポロリと地面に落ちた。

そのまま何事もなかったかのように、土粒の間を歩き出す。

そのちょろちょろした動きを追いかけ、レンズを向けた。

地面に体を貼り付け、彼の歩いてゆく先を追いかけて……と、その画面に靴が入り込んだ。

小さな蟻と大きな靴先。

悪くない。

俺はそのままシャッターを押した。

思わぬ収穫に、一息つく。

「……。お前、何やってんの」

 荒木さんだ。

「何って、撮影ですよ?」

「地面に張り付いて人の靴撮ってるのが?」

「先輩には分かりませんよ」

 顔を上げ、背の高いその人を見上げ……。

「……。あの……、ソレ、誰ですか?」

 荒木さんは、幼い女の子と手をつないで立っていた。

カッチリとした濃紺の長袖の上着を着て、真っ直ぐな肩までの黒髪を伸ばしている。

抜けるような肌の白さは、日本人形そのまんまだ。

「お前は俺のことも忘れてしまったのか……」

「違いますよ!」

 4、5歳くらいの女の子だ。

能面のような顔には、なんの表情も浮かばない。

「あの……。だから、この子は……」

 荒木さんは彼女を見下ろす。

その女の子も、無言で彼を見上げた。

「……。俺の妹だ」

 その言葉に、幼女は黙ってうなずいた。

絶対にウソだ! だってその子は……。

「お兄ちゃんが大好きな、困った奴でな。学校までついてきちゃったから、これから家まで送っていくんだ。そうだよな?」

 荒木さんは、また彼女を見下ろす。

しばらくの間をおいてから、幼女もうなずいた。

「ねぇ、ちょっと待ってくださいよ……」

「待てない。そうだ、お前まだ、モデルを誰にも頼んでないだろう。仕方ないから俺がなってやってもいいぞ。時間と都合を考えておけ」

 そう言って、幼女の手を引く。

二人はそのまま、校門の方へ向かって行ってしまった。

真夏の炎天下に濃紺の冬服ということだけが、彼女の違和感の原因か? 

俺は遠くなって行く二人の後ろ姿に、ぐるぐると回らない頭を回す。

彼女の被る帽子と同じ色の、濃紺のリボンが揺れた。

「そうだ。あの子は……」

 思い出した。

最初に俺が見た、空から降ってきた女の子だ。

なんで荒木さんと? 

だとしたら、正体はチビ龍のハクじゃないのか? 

もしかして誘拐とか? 

売られる? 

荒木さんに正体バレた? 

ネットに晒される? 

舞香と希先輩に報告しないと!
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