龍神さまのいるところ

第4話

 飯を食う。風呂に入る。寝る。

朝起きたら、ちゃんと着替えて学校に行く。

授業を受けて、部活行って、また家に帰る。

これ以上に、これ以外に、俺の関心も興味も引きつけるものは何もない。

それがこの世の全てで真理で、今の自分に出来る精一杯だ。

それで正解。

それが正解。

誰も何も文句のつけようのない正しい世界だ。

俺はどこも間違っていない。

平凡な日常こそ、なによりもかけがえなく大切で美しい。

 いつもの放課後がやってきた。

部室に入る。

彼女はもう来ていて、他の写真部員と一緒に、いつものように楽しく普通に過ごしている。

動画編集も3日目に入った。

それも今日で完成する。

これでお終い。

「色々お世話になりました」

「あら、まだ終わってないでしょ?」

 希先輩はニヤリと微笑む。

「次はうちの圭吾のために、頑張ってくれないと」

「あ、モデルですね。もちろんです」

 彼女は何でもないことのように、真っ直ぐに俺を見上げた。

「いつにする? 明日とかでもいいよ」

「できるだけ、早い方がありがたいんだけど……」

「そうだよね、急ぐもんね。しめきりもあるし」

 普通そうに見える彼女のどこに、ハクの影があるんだろう。

今は姿を消してるのか、ここにいないのか。

どうしてそんなに、彼女は……。

「じゃ、明日から?」

「今ちょっと、夕焼けと一緒に撮ってもいい?」

 一斉に冷やかしが入る。

舞香は恥ずかしそうにしているけど、本当はそんなことも、どうだっていいんだろ? 

三脚を担ぐと、俺は今年になって初めて彼女を見かけた池のほとりに、運んできたそれを立てた。

山頂を削って建てられた学校だ。

真っ赤に沈む夕陽の下に、市街地が広がる。

俺が好きなのは、こんな風景なんかじゃない。

「なんでこの場所?」

「俺がここが好きだから」

 場所を指定して、彼女を立たせる。

ふわりと風が吹いて、肩までの黒髪が揺れた。

それを押さえようとする姿に、シャッターを切る。

「大人しくていい子なんだと思ってた」

「誰が?」

 それには答えない。

レンズ越しに見る彼女が、夕焼けに広がる街並みに浮かび上がる。

「そうじゃなかった?」

「いや。そうだと思う」

「でしょ? 私は、圭吾も優しくていい人だと思ってるよ」

「だって、そういう風になるように努力してるもん」

 彼女は微笑んだ。

「うん。私も」

 髪を押さえながら、彼女はうつむく。

立ち位置が気に入らなかったのか、足元の芝生を軽く踏みならした。

横を向いたかと思うと、夕焼けに目を細める。

「コンクールの頃には、この関係も終わるよね。あ、それよりも前の、校内選抜のしめきり前か。それまでには撮影、終わらせてないといけないもんね。いつ?」

「来週の水曜かな」

「じゃ、それまでよろしく」

「うん。それまでだね」

 何かが俺の、すぐ脇を通り抜けていったような気がした。

目の前の彼女は、何もない空中に手を差し出す。

それににっこりと微笑むと、頬ずりをするような仕草を見せた。

「どうしたの?」

「え? どうしたのって?」

 彼女は片腕を上げている。

俺の想像が正しければ、そこにハクが巻き付いているはずだ。

「ハクがいるの?」

「見えてないの?」

 俺はそれには答えられない。

返事が出来ない。

彼女の腕が真っ直ぐに下に下りた。

今度はハクは、肩に移ったはずだ。

「ふーん。見えてないんだ。ちょうどよかったね。じゃあ私も、そういうことにしておくよ」
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