龍神さまのいるところ

第5話

 荒木さんがやって来た。

舞香の頭上をチラリと見てから、普通に話し始める。

彼女は頭に本でも載せて話しているような姿勢で、バランスを取りながら話している。

すぐに希先輩がやってきて、荒木さんの腕に自分の腕を絡めた。

希先輩の半袖からむき出しの腕が、荒木さんの素肌に絡まる。

その彼の腕を希先輩がグイと引っぱると、荒木さんは困ったように彼女を見下ろした。

「ね、今日は一緒に帰ってね」

「そんな約束はしてない」

「好きにしろって言ったのは、自分でしょ?」

「……好きにしろ」

 その荒木さんの腕が、希先輩の胸の間に挟まっている。

「え? 付き合ってんの?」

 俺の言葉は、三人の視線を一度に集めた。

荒木さんはため息をつく。

「やっぱりそんな風に見えるのか?」

「違うんですか?」

「違わないよ。合ってるよ」

 希先輩は、その腕をもう一度荒木さんの腕に絡める。

「私たち、付き合いだしたから。そうだよね?」

「……。好きにしろ」

 荒木さんは希先輩に構うことなく、舞香との事務連絡を交わした。

「じゃあ。邪魔したな、圭吾」

「別に邪魔なんかされてませんよ」

「お前らも付き合うんじゃなかったのか」

「……。ないです」

「そうなのか?」

 荒木さんは今度は、舞香に視線を向ける。

「ないですね」

「ね、もう行こう。用は済んだでしょ」

 希先輩は、宙を舞う虫を追い払うような仕草を見せた。

「もう! うるさいし邪魔! あんたは関係ないでしょ?」

 怒ったまま、俺を振り返る。

「じゃ、お邪魔しましたぁ!」

 互いに腕を絡ませたまま、二人の姿は消えてゆく。

夕陽というのは、あっという間に沈んでゆくもので、完全下校時間を知らせるチャイムが鳴った。

「帰らなきゃ」

 舞香は暗くなり始めた空を見上げる。

その横顔は、一点を見つめたまま動かない。

「そこにハクがいるの?」

 彼女が振り返った。

微笑んだスカートの裾は、膝上近くまで跳ね上がる。

「さぁね。ハクって、誰?」

 彼女は弾む足取りのまま、校舎の角へ消えてしまった。

「ハク……。ハク?」

 こっそり呼んでみても、返事はない。

すっかり暗くなった池の面は、映していた校舎の灯りを、そっと消した。
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