龍神さまのいるところ

第2話

「ねぇ、なんで私をモデルに選んだの? 他の人でもよかったのに。荒木さんとも撮ってたじゃない。それはどうなったの?」

「どうもなってない」

 そういえばあの写真、どこに保存したっけ。

「それで、なんで私?」

 西日のあたる廊下で、彼女は両手の指先を絡める。

そのまま、真っ直ぐに伸びをした。

その横顔を一枚。

彼女は誰もいない教室の扉に手をかけると、こっちを振り返る。

肩までの髪が頬にかかった。

「ま、どうだっていいけど。関係ないし」

 その姿はすぐに教室の中に消えた。

消えゆくその瞬間の、扉に吸い込まれていく半身をまた一枚。

「ここで、荒木さんとも撮ったんでしょう?」

 彼女の視線が何もない教室のなかを、何かを追うように流れる。

ゆっくりとその腕が宙に伸びた。

微笑んで、肩に頬を擦り付けるような仕草をする。

ピクリと体を動かした。

「どうしてその写真を使わないの? あの人、背も高いし顔も綺麗だし、モデルとして申し分ないと思うけど」

 ふいに彼女の視線が、真っ直ぐ俺に向かう。

「それとも、ここで宝玉を見かけた?」

「お前、ハクか」

 構えていたカメラを下ろす。

「舞香だよ?」

「舞香ならそんなことは言わない」

「どうしてそう思うの?」

 背後で扉が開いた。

山本とみゆきだ。

「あ、お前らこんなところで撮ってって……」

「!」

 山本が口ごもる。

「いや……何でもない……」

 みゆきは宙を見つめたまま、ガツンと固まった。

「おい、みゆきどうした」

 みゆきの顔から、血の気が引く音が聞こえたような気がした。

青ざめ、倒れるかと思った瞬間、我に返る。

「いいいいいいやぁ何でもないよおお」

 明らかに動揺していて、動きはぎこちない。

みゆきは山本と目を合わせる。

「ねえここにいても、しかたないんじゃない? しゃしんとるの、じゃましてもわるいし」

「そうだね、みゆきちゃん。場所をいどうしようか。じゃましちゃ悪いし」

 もつれた足で転びそうになったみゆきを、山本が咄嗟に支えた。

ガタガタと机をかき分け、二人は逃げるようにして教室を出て行く。

俺は舞香を振り返った。

彼女はニコリと微笑む。

「やだ、あの二人。なんかやましいことでもあったのかな」

「んだよそれ」

 いくら舞香でもハクでも、そんな言い方は許せない。

「付き合ってるとか?」

「それはないだろ」

 カメラを手にしたまま、彼女をギュッと見つめた。

舞香は静かに微笑む。

ふいに、彼女の体が動いた。

教室を横切り、肩までの髪が俺の目の前で揺れる。

その指先が頬に触れ、顔が近づいて、唇が触れた。

彼女は目を細め、にっこりと微笑む。

その表情に、俺は口を拭った。

「なにすんだよ」

「キス。嫌だった?」

 軽やかな足取りで彼女は扉へ向かうと、そこに手をかけた。

「本当のことを言わないと、やめてあげない」

 なんだそれ。

そのまま教室を出て行く。

俺にはそれを、追いかけることは出来なかった。
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