先生、恋愛を教えて。
この日もわたしはお琴、先輩は十七弦に分かれて、「Sarah(さら)」という合奏曲を弾いた。
“お琴の曲って眠くならない?”
わたしがお琴をやっていると言うと、同年代の人たちはこう返すことがほとんどだった。
確かに弾き手によって退屈に感じる曲もあれば、惹き込まれる曲もある。
先輩は圧倒的に、人を惹き込む演奏ができる人だ。
力強く、まっすぐに伸びる音。
それなのに、色気もあって耳によくなじむ。
それに、弾く時の気持ちの持ちようで、曲もだいぶ違って聞こえるものだ。
今日の先輩の音はとてもやさしかった。
まるで“大丈夫だ”とわたしを安心させてくれているみたいに。
先輩は決して言葉で伝えるタイプではないけれど、こうして音で伝えてくれる。
先輩が心配しているのが伝わってくる。
先輩と2人で弾いているときが、一番心が休まる時間だった。
難易度の高い曲を完璧に合わせられて興奮する気持ちと、相手が先輩だという安心感が混ざり合った、なんとも言葉にしがたい感情が沸き上がってくるのだ。
視線だけで次の章に入るタイミングを合わせられるのも、相手が先輩だからかもしれない。
ずっと先輩の隣で弾いていたい。
先輩も同じ気持ちだったらどれほど嬉しいかと、わたしは弦をはじく指にあふれる思いを乗せていった。