敏腕パイロットは契約妻を一途に愛しすぎている

 鏡に映る自分の眉間に深い皺が刻まれていることに気が付き慌てて戻した。

「藤野さんは、今日は休みなんですか」

 さっそくカットに入った川本がハサミを持つ手を動かしながら口を開いた。おそらく接客トークのひとつだろう。無視するわけにもいかないので「そうです」と答える。

 この質問を皮切りに客とのトークを広げていこうとしているのか、今度は職業について尋ねられた。〝航空関係〟と、ざっくり答えれば川本がテンポよく言葉を返してくる。

「航空関係かぁ。なんかカッコいいっすね。俺のまわりにはいないな。具体的にはどんなことしてるんです?」

 具体的に……。まぁ別に隠すような職業でもないので正直に答えることにする。

「飛行機の操縦です」
「え⁉ パイロットっすか?」

 川本は一瞬だけ手を止めて鏡越しに俺と視線を合わせてきた。

「マジかよ。かっけぇな。俺、パイロットの人に会うの初めてっす」

 興奮したように話す川本の口調は最初の頃に比べて徐々に砕け始めている。こいつの素が見えてきた気がした。

「ぶっちゃけモテるっしょ? 藤野さん、俺と違って背も高いし顔もかっけぇもんな」
「いや、それほどでもないですよ」
「そんなこと言ってるけど絶対にモテるって~。合コンとか行けば女の子たち群がってくるっしょ」
「どうだろう。合コンには行ったことがないので」
「マジっすか?」

 俺と会話しつつもカットを続ける手は素早く器用に動いているところを見ると、川本の美容師としての腕は確からしい。
 
 トーク内容はどうかと思うが……。
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