よあけまえのキミへ

「ただいま、かすみさん」

 ざっと、店の中を見まわして状況を確認する。

 中央に浪士風の男が五人。
 そのうち三人は、私が店を出るまえに言葉を交わした常連さん達だ。
 あとの二人は、初めて見る顔。
 常連三人組とにらみ合うように向かい合っている。

 その他のお客さんは、もともと少なかったのか逃げ帰ったのかほとんど残っておらず、店の端にぽつんと一人商人さんらしき男の人が残るのみだ。
 そして、かすみさんはと言うと、対立する五人をなだめるように間に立っている。

「美湖ちゃん……おかえりなさい」

 私を見るなり、かすみさんはこわばった表情でかすかに眉を下げる。
 声は力なく震えていて、今にも崩れ落ちそうだ。

「そろそろ店じまいの時間だね、かすみさん。お客さん方も、もう遅いですし……」

 普段と変わらぬ調子で、つとめて明るく浪士さん達に語りかけながら、かすみさんの隣に立つ。

「すまんが今、取り込み中だ! ガキはすっこんでろ!!」

 常連さんと対立している様子の二人組が、思い切り眉間にシワを寄せてこちらへ一喝する。

 そしてそれを合図に、再び口論が始まった。

「水瀬(みなせ)! 今から戻ればまだ遅くないかもしれん! 隊長が戻る前に帰って来い!」

「うるせぇな……俺はもう抜けたんだよ。放っとけや」

「黙れ! 自分が何をやったかわかってんのか!?」

 ――主張のぶつけ合いは続く。
 止めに入ろうにも、一旦はじまるとその気迫と勢いに気圧されて、足がすくんでしまう。

 どうやら両者の間にはずいぶんな温度差があるらしく、『戻ってこい』だの『戻る気はない』だのと会話は平行線をたどっていた。
 ……よく分からないけれど、せめてうちの店で争うのはやめてもらえないかな。

 店の端で背中を丸めて顔を伏せ、関わり合いになりたくないといった格好で小さくなっている商人さんを見て、胸が痛む。


「――分かった! あとは、店を出て話そう!!」

 困惑した表情でその場にたたずむかすみさんを見て、一瞬つらそうにぎゅっと目をつむった常連の浪士さんが、飛び交う怒号を裂くように声を上げた。
 わざわざツケを払いに来てくれた、あのお兄さんだ。

「……そうだな、こういった話はもっと人のない場所でやらねば」

 常連さんのうちもう一人が、いくらか冷めた様子であたりを見回して口を開く。

 見たところ常連三人組は、因縁をつけに来た相手の対処を面倒に感じ始めていたようで、とにかく一旦頭を冷やして一息つきたい様子だった。

「構わんが、お前ら逃げるなよ」

「分かってるよ――店主、悪かったな騒がしくしちまって」

 水瀬と呼ばれた三人組の中心らしき人物はかすみさんに向けて一瞥し、勘定だと言って少し多めの銭をこちらに差し出した。

「ありがとうございます……」

 うつむき加減でそれを受け取ったかすみさんは、ぞろぞろと店を出る五人を見送ることもなく、ぼんやりとその場に立ち尽くす。

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