流れのままに恋したい ~ 過去に傷ついたふたりの恋物語 ~
第1章 プロローグ
スルリと、私の手から愛犬のリードがすり抜けた。

嘘・・・。

ほんの一瞬、考え事をしていた。


自由になったルナは、嬉しそうに歩道を駆ける。


「ルナ、ダメだよ、行かないで!」


それが通じる相手ではない。


小型犬とはいえ、簡単に追いつけない。
私は小走りで追いかけた。


ルナが、歩道から車道に出てしまいそうだ。
必死にリードの端をつかむ。


「ルナ!!」


車道に出てしまった愛犬を捕まえようと、私も車道に出た、その時。


後ろから抱き締められ、フワッ、と身体が浮いた気がした。


え?



キキーーーッ!!
ギュルギュルギュル、ブォーーーン!!


急ブレーキと急発進の音を立て、私の目の前をスポーツタイプの車が走り去る。



サーーーッ、と血の気が引いた。



今の、何? ひかれた?

でも、生きてる・・・か。

どこも、痛くない。



「ケガは?」



耳の後ろから、男の人の声が聞こえた。
その男性の腕の力が緩み、私は歩道に降りていた。


「は・・・い・・・大丈夫・・・です」

「良かった。はい、リード」

「あ、ありがとう・・ございます」


呆然としていて、振り返って顔を見る余裕も無かった。

『もう離さないでね』とその男性は言い、私の手にルナのリードをギュッと握らせた。

温もりのある、優しい手だった。


「じや、気を付けて」


しばらくぼんやりとしていた私は、目の前で尻尾を振るルナが『ワン!』とひと吠えしたことで、我に返った。


ハッとして振り返ると、何人もの男性が歩いていて、私を助けてくれたのが誰かは、分からなかった。


「ルナ〜、もう!!」


自分の不注意なのに、ルナに八つ当たりする。


覚えているのは。
抱き締められた感覚と、温かい手と、ほんの少しのシトラスの香りだった。

いつか、会うことができたら、私はさっきの男性に気付くだろうか・・・。


「もう逃げちゃダメだからねー」


リードをギュッと握り直し、私はルナと実家に戻った。


「おかえり。お昼ごはん食べていくでしょ?」


ルナのリードを外しながら、母が私に尋ねる。


「いいの?」

「もう準備してあるから、食べて行って」
「うん」

「そういえば、次の会社はいつからだっけ?」
「来週からー」

「いい出会いがあるといいけど」

「えー、お母さんそれ言う?」
「だって・・・」


結婚するのだと信じていた人がいた。

だけど、そう思っていたのは私だけで、相手の男性はまったくそんなことは考えていなかった。


「もういいじゃない。新しい職場で、頑張らないと」

「あんまり無理しないでよ」

「はーい」


空を見上げながら、猛スピードの車から私を助けてくれた男性のことを、ふと思った。

もう一度、会うことができたなら・・・と。


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