流れのままに恋したい ~ 過去に傷ついたふたりの恋物語 ~
第2章 彼女の物語
澤田 莉夏(さわだ りか)、32歳。
私は保険会社の社員で、先週末までは副社長の秘書をしていた。

役員編成が見直されたタイミングで、社長と副社長の秘書が全員入れ替わり、私はようやく1年半の秘書業務から外れることができた。

もともと私はIT企画部の所属で、IT担当常務のミーティングアレンジをしていたこともあり、副社長に昇進したタイミングで秘書に指名されたのだ。


秘書室からの異動の朝、古巣のIT企画部に戻った私は、庶務の早川(はやかわ)さんに迎えられた。


「澤田さん、お久しぶりです。お帰りなさい」


ニコニコと微笑む早川さんに、思わず私も和む。


「やっと戻ってこれました。早川さん、またよろしくお願いします」

「こちらこそ!」


そのやり取りに気付いた部長は、席を立ち私たちの方へ歩いて来た。
この会社は課が無く、部長が直属の上司になる。


「やっと帰って来たか」

「はい、上野(うえの)部長。改めて、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしく」


そう言って、部長は右手を差し出した。


これは・・・握手?
差し出された手の意図が、すぐには分からなかった。

転職して来た時、初対面で握手なんてしたかしら・・・?


そんなことを考えながら部長の顔を見ていると、気まずそうに笑っていた。


「俺、ベトナムに長期出張してたろ? 握手するのが当たり前になってるんだよ。ごめん、今もクセになってて」


ベトナム人は、会った時に握手をすることが多いらしく、それに慣れてしまったのだと。


「ま、でも、戻ってきた挨拶がわりに。嫌じゃなければ」


そう言って笑った部長の手を、私は軽く握った。

温かみのある部長の手に握り返された時、何となく、心の奥がざわついた。

何だろう・・・この感覚。


「さっそくなんだけどさ」

「あ、はい」

「来客あるから、一緒に来てくれる? これから担当してもらう業務に関わる会社だから」

「は・・・い、すぐ準備しますね」


何かを感じたような気がしたけれど、それをゆっくりと味わっている時間は無かった。


「3階の302ルームだから。よろしく」

「はい」


バタバタと支度する私に、早川さんが声を掛けてくれた。


「澤田さん、これが澤田さんの新しい名刺で・・・こっちがゲスト用ストラップです。よろしくお願いします」

「早川さん、ありがとうございます」


受け取った名刺の箱から、急いで数枚をカードケースに移し、フロアを出た。


エレベーターの前まで行くと部長もいて、同じエレベーターに乗り込んだ。
他に誰も乗っていなかったけれど、特に会話も無く、階数表示が3まで減っていくのをぼんやりと眺めていた。

エレベーターが止まり、降りようとしたところで部長に手首をつかまれた。


え? 何?
また心がざわついた。
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