流れのままに恋したい ~ 過去に傷ついたふたりの恋物語 ~
「慌てるな、まだ4階だぞ」

「あ・・・」


恥ずかしくて、顔が真っ赤になるのが分かった。

部長の手が離れた後も、私の手首には、つかまれた時の感覚が残っていた。

ふぅ。

気付かれないように、小さく息を吐く。
落ち着かなきゃ。


3階でエレベーターを降りて、部長の後についてミーティングルームに向かう。

異動初日で緊張しているんだろうか・・・。

とはいえ、部長とも初対面ではないし、これまでだって何度か会話することはあったのに。


「俺の背中に穴があく」

「え?」

「なんか、熱い視線を感じるんだよな」


前を向いたまま、部長が笑いながら言う。


「そんなに見てませんから! もう・・・からかわないでください」


そう反応した私を、部長が振り返る。


「澤田さんは、相変わらず気付いてないんだな・・・」

「え?」

「あ、いや・・・。行こうか」


思わせぶりなセリフを残し、部長は来客用スペースのドアを開けた。



異動初日は、ボヤのようなくすぶった出来事があったものの、それがそのまま燃え上がるようなことはなかった。

翌日からは部長とも挨拶程度のやり取りだったし、業務上の直接的な接点はほとんど無く、忙しいながらも穏やかな毎日を過ごしていた・・・のだけれど。


「澤田さん、ランチ行きましょー」

「はーい。早川さん、今日は何にします?」


オフィスビルの地下街にご飯屋さんが連なっていて、お昼の時間が合う時は早川さんと出掛けることが多かった。


「そうですね、今日はインドカレーの気分かな〜。澤田さん、カレー大丈夫ですか?」

「はい。私もカレー好きなんです」

「じゃ、決まりで」


席についてすぐにカレーを注文し、先に運ばれてきたチャイを飲みながら、壁にかかったインドの写真を眺めていた。


「上野部長って」


突然、早川さんが部長の名前を出した。


「もしかして、澤田さんとお付き合いしてたりしますか?」


お付き・・・合い? 私と?


「それは、どういう?・・・あ、お付き合いしてませんけど」


突拍子もない質問に、否定しつつも逆に問い掛ける。


「あ、違うんですね・・・部長、このところ、よく澤田さんの方を見ているので、そうなのかなって」


早川さんは、そう言って目を伏せた。
ああ、この反応はおそらく・・・。


「早川さん、上野部長のこと好きなんですか?」

「澤田さんたら、そんなストレートに! でも・・・はい」


可愛らしく真っ赤になる早川さんに、私は思っていることをそのまま伝えた。


「もし私の方を見てるとしたら、異動してきてまだ日が浅いから、動きをチェックしてるんじゃないですか?」

「そう・・・なんですかね」


ホッとしたような早川さんの笑顔に、なんだか少し胸が痛んだ。
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