シュクリ・エルムの涙◆
「リトス……」

 それが……ジュエルの本当の名前……。

 エルムは当事者なのだから当たり前なのだけど、まさか『ラヴェンダー・ジュエル』の本名が聞けるだなんて思わなくて、あたしはついぞ絶句した。

 「後々ジュエルになる人」──本当にジュエルは人間だったんだ。

 ── 一回目の町狩りの後みんなで頑張って、前と同じってほどではないけど、ヴェルはまあまあ街らしく戻ったんだよ……それでアタシ達はリトスに「王様になって!」って頼んだの。でもリトスは「僕は王族じゃないから」って。町狩りでヴェルの王族は全滅しちゃったから、アタシはリトスでもいいと思ったのだけどねー。隣の国から逃げてきた人の中にヴェル王家の遠い親戚もいたから、リトスはその人に王様になってもらおうって。それで新王の戴冠式を準備している時に……また町狩りが起こっちゃったの……
「……」

 エルムと名乗った彼女は、とてもとても悲しい顔をした。

 やっと再建した自分達の街が、人が……また目の前で崩されてゆく、殺されてゆく……どんなに想像しても、それがどれほど痛ましいことか、経験のないあたしにはやっぱりこんな悲しい顔は出来ないだろうと思わされた。

 ──それでリトスはヴェルの中心に(そび)えるシュクリ山に助けを求めたの。リトスとお姉ちゃん達三人は、ラヴェンダーで作ったお薬とストールと香水をお供えして沢山祈った……でも、ほら、アタシってこんなでしょ? アタシにはなんにも出来ることなんてないから……アタシは独りシュクリ山に登って、アタシ自身を捧げることにしたの……


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