シュクリ・エルムの涙◆
 この唇が、あたしの唇右端の肌に触れたことを思い出す。途端心臓がトクンとひとたび高鳴った。そして少し前に触れた左端の肌にルクの唇。あの時は恐怖しか感じられなかったけれど、口づけがずれたのはきっとルクが()けてくれたからなんだろう。そう思えばこそ、今甦るものは不思議と高揚感に似た気持ちだった。それを思い出して、また心臓がトクンとひとたび高鳴った。

 続けて見上げた視界に灰水色の瞳が映り込んだ。いつになく力強く感じたのは、前向きな自分を取り戻せたからだろうか? 叶えたいと願う熱い炎が心に灯ったから? いつかご家族の問題が解決して、アッシュに本来の自信が(みなぎ)った時、この端正な姿はどれほど完璧に近付くのだろう……そんな未来を想像したら、今こんな至近距離にいるだけでもドキドキが止まらなかった。

 でも──そんな未来に、あたし自身もアッシュに負けないくらい上を目指して生きていたい。一歩でも前に進んでいたい──と思った。

 こんなリルに、こんなルヴィに、恋していたのかと、二人を失望させてしまうような自分でなんてありたくない! あたしを大切に想ってくれる二人と、同等な立場で隣に立てる自分でなくちゃ──!!

 そのためにも今、この事態を如何にして迅速に終息させるのか──あたしは過去にもつれて絡み合った糸の束を、アッシュと共に丁寧にほどいていった。一本ずつ一本ずつ、再び紡ぐ新たな物語を、みんなと笑顔で歩むために──。






   ■第九章■ TO THE PAST(過去へ)! ──完──


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