あの日の記憶を
 同棲を始めて、一年ぐらい経った頃。

 もうその時には、LINEに既読がついても返事が遅かったり、来なかったりしていたかな?

 ご飯を作って待っていても、遅くなる連絡が来なくて、帰ってきてから「外でご飯食べてきた」って事後報告をしてきたり。

「心配だから、遅くなる時は連絡ちょうだいね」
「うん」

 私の気持ちを伝えると、うん。って彼は確かに言ったのに。同じことを何回も繰り返した。既読スルーもあたり前になっていった。

 彼から何も連絡が来ないまま帰って来ず、日をまたいだ時があった。

 何かあったのではないかと心配した。

 『遅くなる』って、たった一言でも連絡をくれればいいのに。

 最近の彼を思い出していたら、その心配は、怒りでどうしようもない気持ちに変わっていった。

 作ったご飯を捨てた。

 彼が脱いで裏返しな状態のまま洗濯カゴに入れたTシャツを裏返しのまま洗った。いつもは直していたのに。

 それから、干さないで床におもいきり投げた。
 
 怒りと心配の気持ちがいっぱいで眠れなかった。
 時間を見たら朝の五時。

 ガタンとドアの音が聞こえる。
 彼が帰ってきた。

 私は急いでベットに入り、眠ったふりをした。

 ガタン、バタン。
 クローゼットの開け閉めの音。

 私の事なんて、一切気にしないで大きな音を立てている。

 うるさい。

 彼がシャワーに入ってる間、私は声を押し殺して泣いた。

 ふたりで出かける時も、昔なら歩幅を合わせてくれたのに、私の事を気にかけてくれずに、先に前に進んでしまうようになっていた。

 晴れの日、彼は「疲れた」って言って、ひとりでゴロゴロしている。

 以前なら一緒にゴロゴロしていたけれど、彼が横になっていても、隣には行きたくない気持ちになった。

 夜、彼の横に眠るのも、ベットがひとつしかないから仕方なくって感じ。

 一緒にいるだけで、張り詰めた空気になる事が多くなる。

 裏返しのまま洗濯カゴに出された彼のTシャツも、それを見るだけでイライラするようになるし、ご飯も二人分作るのが面倒くさくなってきた。彼が風邪っぽくても、看病も何もしないで、ただ私に風邪を移さないでって、冷たい気持ちになるし。

 どんどん自分が嫌な女になっていく。
 些細なことで喧嘩も増えていくし。

 もう、気がつけば、彼との心の距離は遠い。一緒にいるのもお互いの為にはならないと思う。
 

 二十三歳の時。

「ねぇ、別れよう」

 私が言った、私にとっては重大だった言葉。彼は一瞬言葉に反応して、ちらってこっちを見たけれど、再びスマホに視線を戻し、「うん」と、たった一言だけの返事をしてきた。

 その動作を見て、私達の関係って、もうその程度までいっていたんだね。って、察した。

 実家には戻りたくなかったから、安めのアパートをすぐに探した。

 同時に少しずつ荷物をまとめ、アパートの鍵をテーブルの上に置き、家を出た。

 長い期間をかけて積み上げてきた私達の関係が、あっさりと、一瞬で、全て終わった。
< 3 / 9 >

この作品をシェア

pagetop