さよならの向こうにある世界
第一章


 お風呂場の鏡の前に立つと、必ず胸の傷を見る。二十歳の時に受けた移植手術から、もう五年の月日が経った。五年も経てば、洗面器の水垢は取れなくなってきたし、肉眼で確認できるほどの小さな傷や汚れがついた。だけど、この胸の傷は汚くもならなければ、消えてもいない。ずっと新鮮で、ずっと鮮明に、私の胸に刻まれている。

 胸に手を当てると、心臓がドクドクと動いているのが分かる。うん、今日も私は生きている。この心臓によって生かされている。こんなにも元気な心臓をくれた人への感謝は幾度となくしてきたし、そんなもの一生かかってもしきれないだろう。だからその人の想いと共に私は生きていく。そんなことを手術前は思っていた。思っていたはずなのに、いつしかその思いは私の中から消え去った。

 小さいころから心臓病のため入院していた私は、当たり前のことかもしれないけど外の世界に強い憧れがあった。病気が治ったら友達と公園で鬼ごっこをしたい、縄跳びだってしたい、運動会にも出たいし、とにかく息が切れるまで思いっきり走ってみたかった。それで大きくなったら、世界中の人を笑顔にしたい。そんな風に夢と希望に満ち溢れていた。それなのに現在(いま)の私はというと、二十五歳にもなってコンビニでアルバイトをするフリーターだ。三年も働けば、こんな私でもバイトリーダーにまではなれた。だけど正社員として声がかかることはなく、結局その程度なのだ。どうしてその程度なのか、理由もちゃんと自分で分かっている。
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