さよならの向こうにある世界

 リビングに入ると既にテーブルの上には夕食が並べられていた。普段は私か弟のどちらか不在で家族揃って夕食を食べることはないけれど、今日は弟も休みだったので久しぶりの一家団欒というやつだ。

 「そういえば、五十嵐(いがらし)先生から手紙届いてたわよ」
 
 母に差し出されたその手紙には懐かしい文字が並んでいた。五十嵐先生は私たちの主治医だった。優しくて物知りな先生のことを私も彼も当時から慕っていて、彼にドナーの存在を教えたのも五十嵐先生だった。

 「懐かしいなぁ。今度会いに行ってみようかな」

 この流れで彼の話題を出してみようとも思ったけれど、五年も封印してきた名前を出すのに必要な分の勇気が今の私にはなかった。彼が死んでしまったことを両親は知っているのだろうか。もし知っているのだとしたら、あえて私にその事実を隠しているのかもしれない。そうだとしたらそれはきっと両親の優しさで、その優しさを壊すことが私にはできなかった。
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