さよならの向こうにある世界

  食事を終えて部屋に戻ると、彼は胡坐をかいてベッドの上に座っていた。「おかえり」と言われることにすっかり慣れてしまった私は五十嵐先生の手紙を差し出した。懐かしそうに中身を覗き込む彼に倣って私も中身を確認する。手紙の内容はなんてことはない普通のもので、先生の近況を語る文に始まり、私の近況を尋ねてから、また会いにおいでと締めくくられていた。

 「今度会いに行こうと思ってるんだ」

 「お、いいね。僕、五十嵐先生が一番好きだったな。僕の知らないこと何でも知ってて、色んなことを教えてもらったから。僕にとっては学校の先生でもあったかも」

 「碧斗君の物知りは五十嵐先生からきてたんだね」

 「うん。——あんな大人に、なりたかったな。あの人は僕の憧れ」

 胸が痛む。チクッと針を刺されたように、何度もそれを繰り返されているように、チクチクと痛み続ける。本当は今だけじゃない、彼が現れてからずっとこの痛みと共にいた。だけど今、もうこれ以上大人になれないという現実を改めて本人の口から聞かされると、どう反応すべきかわからなかった。

 「一緒に会いに行こう」

 「うん、ありがとう」

 寂寥感を隠すようにベッドに横になる彼の姿にはあまり目を向けないようにした。今彼がどんな気持ちでいるのか、私は想像すらできない。それ以前に自分の気持ちですら、あまりわかっていない。私はこの先彼とどう生きていくのか。どう生きていきたいのか。いつまで続くのかもわからない彼との日常に向き合うことが、なぜかとても怖かった。
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