最初で最後の恋をおしえて

 晴れて正式な婚約者となり、早々に職場でも発表があった。せめて結婚するまでは秘密にしてほしかった。

 出社すれば針の筵だ。

 女性にするちょっとした頼み事は聞こえないフリをされ、必ず二、三度同じ言葉を繰り返し伝えなければならなかった。

 何度だって丁寧に言わなければ、揚げ足を取られる。いや、丁寧に言ったところで、「それが人に頼む態度?」と小声でつぶやかれた。

 なぜその様な仕打ちをされなければならないのか。たまたま聞こえてしまった噂話が、計らずも答えをくれた。

「お嬢様はいいよね。パパに言えば、結婚相手も思うがままだもの。羽澄さんも可哀想」

 急いでその場を離れたが、噂話は耳にこびりついて離れない。

 言い返せなかった。間違ってはいない。父の力で、羽澄に結婚を強いたのだから。

 席に戻っても、消えない声が頭の中を回り、耳鳴りがする。立ち上がったとき、眩暈がしたと思った瞬間、視界が真っ暗になった。
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