もう、キスだけじゃ足んない。

【遥side】


「はぁ……」


日向さんが呼んでいると、楽屋を出てすぐ。

込み上げてくる熱と衝動を抑え込むように、目を手で覆って、視界を……今すぐにでも胡桃をむちゃくちゃにしたい感情から目を背けたいと、遮断した。


『ぜんぶ、ほしい……』


言うつもりなんか、なかった。

付き合って、まだ1ヶ月ほど。

我慢なんて、いくらでもするつもりだった。


けど……。

──────もう、限界。


我慢しなきゃいけない。

頭ではそう分かっているのに、心と体が頭から切り離されたように、つい口をついて出てしまった本音。

俺が言うように約束させたってのもあるけど、普段なかなか言ってくれない胡桃から言われた「寂しい」って言葉は、

許嫁の役の撮影が終わったあと、暴走しかけて無理やり押さえ込んだ心と体のリミッターを外すには十分すぎて。


もう自分の意志では抑えきれないほどに。

無意識に全身が、胡桃のすべてをほしいって叫んでる。


抱きしめてもたりない。

キスしても足りない。

指輪を贈って、結婚の約束まで取りつけて、将来的には絶対夫婦になる未来は見えているのに。


足りない、たりない。


空いた足りない感情が、埋まらない。

理性と感情がめちゃくちゃになる。


こんな気持ちで胡桃にふれて、キス以上のことをしてしまったら。

─────優しくできる自信が、ない。


できるはずがない。


ずっと抱え込んできた想いを、すべてぶつけてしまいそうで。

壊れるほどに、激しくしてしまいそうで。


「あー……」


絶対今、悩ませてる。

楽屋で一人、これから日向さんとの大事なシーンが控えてるってのに、俺の言葉がたりないせいで、俺が無駄に考えさせるようなこと言ってしまったせいで。


なにやってんだろうな……俺。


悲しませたくないって思ったのに。

実行できてないのは俺だろ。


「なんですか、話って……」


離れたくないのに離れたい。

戻りたいのに、戻りたくない。


いろんな葛藤と気持ちがぐちゃぐちゃになったまま嫌々日向さんの楽屋にやってきた俺は、相当不機嫌な顔をしている自覚がある。

こんなときに、この人と……ましてや、胡桃を狙ってる男とふたりきり。


「今まで胡桃ちゃんと、いっしょにいたんだ?」

「だとしたらなんですか」


柔和な笑みを浮かべる日向さんに、どうしても怒り口調になってしまう。


自分の言動がこのイライラのすべての原因。

なのに先輩にまであたってしまいそうになるのは、
いくら演技とはいえ、この人が俺の胡桃にふれた。

それが一番の理由だ。


「そんな怒んないでよ」

「……」


「ここに呼んだのには、頼みがあったから」

「……頼み?」


またかよ。

今度はなんだよ。また胡桃が関係してるとか?

もう勘弁してほしい。

胡桃のためにも、何よりこれ以上は、先輩相手にいろいろ黙っていられる自信が……。


「遥さ、」


執事役、やってよ。
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