モナムール



「……あれ?鷲尾さん……じゃなかった。専務」


「おぉ、中野か。久しぶりだな」


「お久しぶりです鷲尾専務」


「お前に専務って呼ばれるのはなんかムズムズするな」


「どういう意味ですかそれは」



どうやら結婚の報告に各部署を回っているらしく、お局様が"ほらね?言った通りでしょ?"というような顔で他の社員にアイコンタクトを取っている。


それに苦笑いを返しながら鷲尾さんに視線を戻すと、心なしか嬉しそうで営業部にいた頃よりも大分顔色が良いし表情が明るい。


薬指に光る指輪がとても綺麗に輝いている。


きっと、お相手の方もとても素敵な人なのだろう。



「専務、ご結婚おめでとうございます」



と痛む胸に気付かないふりをして笑顔を作った。



「おぉ、ありがとうな。急にいなくなって悪かったな。仕事はどうだ?うまくいってるか?」


「……今はちょっと調子が落ちてるんですけど、頑張ってまた上げてみせます」



部内の成績表を見れば、私が強がっているのは一目瞭然。


でも鷲尾さんは



「そうか。あんまり無理しない程度に頑張れよ」



と私の頭にポンと手を置く。


それが子ども扱いされているみたいで恥ずかしくて、照れ隠しに



「ボサボサになるからやめてくださいっ」



と言うと



「妹みたいだからかな、つい手が出ちゃうんだよ」



と明るく笑った。


そんな様子を部署の皆が懐かしい、なんて言ってしばらく笑い声が響く。


そのまま帰って行った鷲尾さんの背を見つめていると、



「……今日はdernierに行こうかな」



無性にマスターに話を聞いてもらいたくなった。


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