a piece of cake〜君に恋をするのは何より簡単なこと〜
* * * *

 しばらく海を眺めていた那津は、周吾にもらった洋菓子店の紙をポケットから取り出す。裏には店への地図が描かれていた。

 ここからだと近くまでコミュニティバスが出ているらしい。

 あんなにやる気がなくて、何も考えたくなかったのに、久しぶりに動きたい衝動に駆られた。

 というのも、那津自身製菓学校を卒業したものの、就職は安定を求めて一般職についてしまった。それでも時々、あの時の選択を振り返っては悩むことがある。

 よし、行ってみようかな……。

 那津は立ち上がると、身支度を整えるためにホテルに向かって歩き出した。

* * * *

 久しぶりにきちんとした服を着て、メイクもした。そして駅からバスに乗ると、周吾が教えてくれた洋菓子店に向かう。

 一番後ろの席に座り、窓から景色を楽しむ。街中を走っていたバスは、少しずつ山道へと入っていく。曲がりくねった坂道を登り始めてしばらくした時に、目指す停留所の名前がアナウンスされた。

 ボタンを押して、バスが止まるのを待つ。降りた場所から百メートルほど先に、あの写真と同じ建物が見えた。

 まるでフランスあたりの街中にありそうな、深い緑の店構え、中には白い棚に置かれた焼き菓子がたくさん並んでいる。

 ガラス戸に書かれた『Ri-Ma』の文字を確認してからドアを押すと、柔らかなベルの音が響く。

 甘い香りが漂う店内は、棚に並ぶ焼き菓子やショーケースの中のケーキだけでなく、天井からはたくさんのドライフラワーがぶら下がっており、あまりの可愛さに那津の心が躍った。
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