かぐわしい夜窓
「どうなさいましたか。朝餉をとらぬなど、あなたさまらしくないこと。なにかありましたか」


歌まもりさまは、朝早いというのに、きちんと服を着込んでいた。身だしなみも整っている。


そんなぴしりと決まったひとに、こんな情けないことを言わなくてはいけないなんて、恥ずかしくてたまらない。


震える唇を、ゆっくり開く。


「歌まもりさま。わたくし、まだ、あなたさまのお名前を教えていただけないようです」


ひとつ、まばたき。


「なん、ですって?」


歌まもりさまの声が、珍しくひっくり返った。


「……お告げが、ございませんでした」


尻すぼみに消えそうな言葉を、必死で繰り返す。


「いえ、覚えていないのかもしれません。でもいま確かなことは、わたくしの次の巫女がどなたになるのか、まだわからないということです」


申し訳ない。泣いてしまいたい。


「巫女さま、失礼ながら復唱いたします。お告げが、なかったんですね?」

「お、お告げが、ございませんでした」


耐えきれず、ぽろ、と涙が落ちた。


「わたし、わたし、聞き逃してしまったのでしょうか。不信心なわたしに、お怒りなのでしょうか。わたし、なにか、間違えてしまったのでしょうか」


それとも。


「それともわたし、お告げを忘れてしまったのでしょうか……」
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