罠にはまって仮の側妃になったエルフです。王宮で何故かズタボロの孫(王子)を拾いました。


 私は痺れを切らした。

「闇花ちゃん」
『なぁに?』
「ルーの場所を教えて」

 人の行き先、気配に鋭い闇花ちゃん。
 最終奥義を使った私は、物の見事にルーファスを見つけた。

 ルーファスがいたのは、リチャードとイレイザちゃんがよく使っていた、自習室だった。
 私が絶対に、自分から立ち寄らない、唯一の場所だ。

「ルー」

 現れた私に、ルーファスは本当に驚いていた。

「どうして」
「ルーが、私を避けるから」
「……ほんの、数時間だけなのに」
「ルー」

 私はルーファスのところまで歩いていく。
 その顔を見上げると、目の端が赤くなっていた。

「あのくそラッセル……」
「ち、違うんだ。お祖父様は、色々と、本当のことを教えてくれただけで」

 なんだ、急に仲良くなったな? 本当のことってなんだ。

「……サンディ、そんな不安そうな顔をするのは、ずるい」

 そう言うと、諦めたようにルーファスは私を抱きしめた。不安にさせてる人がそんなことを言うのは、もっとずるいと思う。

「サンディが、お祖父様に騙されて、無理やりここにいるって聞いたんだ」

 ……一応、本当のことだった。

「お祖父様とサンディがそういう仲じゃないのは気がついてた。だから、遠慮なく、僕のものにしたいと思った。でも僕は、なんでエルフのサンディが、何のしがらみもないこの国に居てくれているのか、考えたこともなかった」

 ルーファスの手が震えている。

「僕は、サンディが好きだ。サンディとずっと一緒にいたい。この幸せが、ずっと終わらないようにしたい。だけど……」

 震えているのは手だけじゃない。声も震えていた。

「サンディの幸せがそこにないなら、意味がない。君が、この国を出たいのなら、僕はそれを叶える。僕は………」

 君を、愛しているんだ。

 そう、小さく呟いたルーファスは、泣いていた。
 声もなく、静かに涙を落としていた。


 そうか、この子は、私を優先してくれるのか。

 本当は、私にずっと傍にいてもらいたいくせに、それを押し通したりしない。私を本当に幸せにしたいと、自分の気持ちを殺して、耐えている。

 …………。


 私は、ルーファスを抱きしめた。

 初めて、私からルーファスを抱き返した。

「……サンディ?」
「好き」

 私の言葉に、ルーファスは身を固くする。

「え?」
「好き。ルーが好き」
「……え?」

 いつしかのアリエルちゃんみたいに、戸惑った様子のルーファスを、私は上目遣いで見上げる。
 ルーファスが、ごくりと唾を呑んだのが分かった。

 胸が熱い。目頭も熱くて、視界が揺れる。
 若すぎるとか立場とか、色々と悩んでいたことが全部吹き飛んでいる。

 私、この人が好きだ……。

「だから、ルーが好きなの。愛してる。私、あの、本気なの。だからその、ルーも私のこと……好きって言って?」
「す、好き、だ」
「ルー、嬉しい」

 ぽろりと涙が落ちる。
 それが合図みたいになって、自然と唇を重ね合わせた。
 いつもみたいに軽いキスじゃない、大人のキスだ。ルーは一体、どこでこんなことを学んできたのだ。私だって知らないのに!

 長い間夢中でキスをしていた私達は、離れた時には息も絶え絶えだった。

「……初めてなの」
「え?」
「だから、こんなふうにキスをするのは、初めて」
「…………え?」
「誰かとキスをしたのも、こんなに人を好きになったのも、全部、ルーが初めて……」

 真っ赤になって固まっているルーファスの目の前で、私は破産者の腕輪を外す。

「え!?」
「この間、兄さんが来て、外してくれたの」
「……え? 兄さん? 外せるの? ちょっと待って、情報量が……」
「私以外のこと、考えなくても大丈夫だよ」

 ちゅっと音を立てて、軽くその唇を奪うと、ルーファスはハクハクと口を開いたまま、真っ赤な顔で絶句してしまう。

「ルーのいるところが、私の行きたいところ。私は、私の意思でここにいて、ルーとこうしているの」

 そう言って、私はルーファスの頬に、両手を添えた。

「私のことを好きになってくれて、ありがとう」

 ルーファスは、顔を背けなかった。
 じわりと、彼の目に涙が浮かんで、そのまま零れ落ちる。
 透明で、綺麗な涙だ。その一筋でさえも、なんだか愛おしい。

「……サンドラ様は、僕が迷惑をかけると、いつもお礼を言う」
「迷惑なんかじゃないって、言ってるのに。私、嘘つくの得意に見える?」
「……見えない」

 そう言うと、ルーファスは私をしっかりと抱きしめる。
 ちゃんと納得してくれたようだ。本当によかった。

「……僕で、いいの」
「ルー以外は、私に触れないのよ」
「冗談ばっかり」
「本当なのよ、もう。ルーじゃないと、嫌なの」

 笑いながら、私はそう言った。偽らざる私の本心だ。

 それから、ルーファスは何度も私に「ありがとう」と言った。
 好きになってくれてありがとう。幸せにしてくれてありがとう。そう、何度も何度も、私に囁いた。

 愛する家族が、私の愛しい人が、私を見て、幸せを感じてくれている。こんなに幸せなことってあるだろうか。
 ルーファスを好きになってよかった。そのことを、ちゃんと素直に伝えられてよかった。素直な方が、人生は楽しい。兄さんの言ったとおりだ。

 私達はその後、ルーファスの執務室に戻って、笑いながら夕飯を一緒に食べた。
 お互いに「あーん」と言いながら食べさせあったりしてみて、あまりに恥ずかしくて目を合わせられなくなったりと、色々あったけれども、食べ終わった頃には、いつもの笑顔に戻っていた。

 いつもの、とくべつで、だいじな笑顔だ。きっとこれは、普通になんかならない。



 次の日、私は15時のお茶会にて、ラッセルとアリエルちゃんを、ルーファスと共に迎えた。
 まずは、ラッセルがルーファスに意地悪をしたことを、コテンパンに締め上げた。

「すみませんでした」
「どうせ、『自分が触れないのにお前だけ触れるなんてー!』的な嫉妬だったんでしょう」
「そのとおりです、すみません」

 アリエルちゃんは呆れた顔で、「ラッセル様、人の恋路を邪魔するなんて最低です」と切り捨てている。「まだ俺の側妃なんだぞ!」と言う嫉妬全開のラッセルに、「騙して側妃にしておいて……」「指一本触れられない白い結婚のくせに……」とこき下ろしていた。
 ルーファスは「指一本触れない?」と不思議そうな顔をしていた。

「えっ、ルーファスは知らないの? お姉様には、お姉様が好きな異性以外が触れないよう、結界が……」
「わぁーっ!? アリエルちゃん、やめてお願い!!!」

 私の叫びも虚しく、アリエルちゃんによって、ルーファスは私にかけられた兄さん達の結界の存在を知ることになってしまった。
 私は羞恥で震え上がっていた。もう消えてなくなりたい。

「でも、僕は一度も弾かれたことはないです」
「あらぁ、ルーファスは愛されているのねぇ。ラッセル様なんか、お姉様に発情するたびに電撃をくらって、不能になったというのに」
「アリエル!!」
「ほほほ」

 ぽかんとする私とルーファスの前で、ラッセルが今にも地団駄を踏みそうな真っ赤な顔で、アリエルちゃんを睨みつけている。
 そう言えば、イレイザちゃんが亡くなった時、ラッセルが子を増やすという提案は一切成されなかったような気がする。まさか、不能だったからなのか。そして、私が原因だったとは……。

 若干の気まずさを覚えながら、目をうろうろ彷徨わせていると、ルーファスが頰を赤くして口元を隠しているのが目に映った。

「……ルー?」
「いや、あの……ごめん。嬉しくて」

 自分が愛されていたと知って、にやついているらしい。
 何故だか悔しいしとても恥ずかしいけど、喜んでいるルーファスは可愛い。だから、文句を言うこともできず、私は涙目で床を見るしかできなかった。

 そんな私達の様子を見て、アリエルちゃんは大変喜んでいた。

「あらあらまあまあ、仲がいいこと。これじゃあ、二人の仲を妨害するなんて、できないわよね。――ね、ラッセル様?」

 その一言が最後の一押しとなって、ラッセルの抵抗は終わった。

 私は、ルーファスに、下賜されることとなった。



 しかも、結婚式を挙げることとなってしまった。

 私は恥ずかしいから嫌だと抵抗したけれども、ルーファスがどうしてもウェディングドレスを着た私を見たいと言うので、私は折れてしまった。
 その代わり、貴族達は参列させずに、王族だけで内々に執り行うということで、決着がついた。

 だってね、ラッセルの側妃として「私の子供達やその伴侶の命を大事にしろー!」とか宣っておいて、1年以内にルーファスに下賜って、絶対噂になるでしょ!? 子供達の命……あーなるほどねーカレの命が大事ダッタノネー、みたいな! 生温かい目で見られちゃうでしょ? もう穴があったら入りたい。私は消え去りたい。どうしても結婚式をしないといけないなら、せめて外野には見られたくない。

 ちなみに、私は後数年は待たないかと訴えたけれども、ルーファスに断固として反対されてしまった。
 出前でしか私に会えない状況に耐えられないそうだ。
 早く前みたいに一緒の家で生活したいとおねだりされて、やっぱり私は折れてしまった。本当に、ここの王族は皆、おねだりが上手い。


 ルーファスの母のフリーダちゃんに私達のことを報告すると、フリーダちゃんは「お姉様が娘になるなんて、私は世界一の果報者です!」と大喜びしていた。ドン引きされると思っていたので、私としては拍子抜けだ。

 うちに通っていた面子も皆、温かく受け入れてくれた。というか、皆口を揃えて、「ようやく、くっついたか」と言ってくるのだ。どういう、ことだ……。

「外堀はしっかり埋めておいたよ」

 不思議そうにしている私に、ルーファスは満足そうに言う。

「本当に、小さい頃からずっと私のことが好きだったの?」
「もちろん。プロポーズを断られたこと、鮮明に覚えてるよ。絶対に許さない」
「執念深い!!」

 でもさ、5歳のプロポーズを受け入れる145歳ってなんなのよ!?

「嘘でも、大きくなったらねーって言ってくれたら、そこにつけ込んだのに」

 黒い笑顔で言わないでほしい。

「……こういうねちこい王族の性格が、毒の国を作ったのかも」

 私を抱きしめながら、ルーファスはポツリと呟く。
 沈んだ声で言われた言葉に、私は首を傾げる。

「それは分からないけど……。ルーファスはそんなことしないわ。そうでしょう?」

 毒で何度も死にかけて、辛い思いをして。
 それを知って、他の人に同じ思いをさせたいと思うような人ではない。

「ルーは、自分の痛みを他の人に押し付けることをしない強い人だわ。だから、私は好きなの……」

 だんだん恥ずかしくて、声が小さくなってしまう。
 顔を見られたくなくてぎゅっと抱きつくと、「生殺しだ……」という切実な呟きが上から降ってきた。ええと、聞かなかったことにしよう。


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