彼女は、2.5次元に恋をする。
第4話 俺がフォローする
「漫研? 行ってないけど?」

「コスプレって、漫研っぽくないか?」

「そっか……! 蓮君鋭い!」

 いや、普通だろ?

「私、英語科の人かなって思ってた。
 学校説明会の学科紹介で、英語科の先輩達が『ハロウィンパーティーの時はこんな感じでーす』って、コスプレして登場したから。
 ……まぁ、太巻先生は見当たらなかったんだけどね。
 それに、入学してから英語科の2、3年生の教室何度も覗いたんだけど、それらしき人いないし」

 そんな事してたのか。ちょっとした不審者だ。

「覗くだけじゃなくて、訊いてみればいいのに。太巻先生の事、知ってる人がいるかもしれないだろ?
 それに、コスプレオフ状態で、『この人!』って分かるのか?」

「……私、知らない人とか慣れない人と話すのが苦手で……。」小石の表情が少し陰った。

「それに、背で分かる気がするの。本当の太巻先生みたいに、凄く大きい人だったから」

 小石は、女子の中では背が高い方だ。彼女がそう言うなら、よほど背の高い男子なのだろう。

 ……いや、ちょっと待て――

「なんで俺とは普通に喋ってるんだ? 初めてだよな?」

「蓮君は、特別。ずっと気になってて……話してみたかったの」

(え? ……何? この期待感――)胸が高鳴る。

「――蓮君って『けん君』にそっくりだから」

「けん君って……?」

「寺子屋に去年新登場したキャラ。『功刀(くぬぎ)(けん )(ぞう)』君。先生見習いなの。
 蓮君を初めて見た時『剣君がいる!』って。鋭い所もそっくりだね!」

 期待感は(はかな)(しぼ)んだ。俺が太巻先生の方に似てれば……。てか、見てない間にそんなキャラが出てきたのか。

「それに今日の絵はいい出来だし、テンション上がってるから、っていうのもあるかも」

 ……いい出来だったのか。

「椿高でこんなに話せた人いなかったから、嬉しい! 話しかけてくれてありがとう」

 曇りのない笑顔で言ったそれは、本音だと分かる。

「あっ!? 蓮君びしょ濡れだね! ごめん、気づくの遅くてっ。
 良かったらこれ使って?」

 小石が自分の――よく見ると、太巻先生はじめ、寺子屋キャラと思われるマスコットが何個かついたリュックから、タオルを取り出した。

「いやいや、使えねぇよ! 大切な物だろ?」

 広げたタオルから、プリントされた太巻先生が、腕を組んで俺に微笑みかけている。

「大丈夫、これは使う用。家に観賞用と保存用があるから」

「ちょっ!」

 小石が立ち上がり、ワシャワシャと俺の髪を拭く。

 至近距離の小石が、タオルの動きと共に見え隠れする。この距離はマズイ。俺は目が合わないように、硬く瞼を瞑った。

(自分だって汗まみれのくせに、俺なんか拭くなよ)

「あ、良かったら、これも着て?」

 少ししてタオルの動きが止まり、俺は目を開けた。

「良くない良くない!」

 小石が俺に差し出していたのは、彼女の体操着だ。

「大丈夫、私のLサイズだし、蓮君でも着れるでしょ?」

「ああ、ワンサイズしか違わないし……って、大丈夫じゃない、そういう問題じゃない!」

「? ここの体操着、男女兼用だし、大丈夫でしょ?」

「大丈夫じゃない!」


――――――――――――――――――――――――――――


 雨が弱まってきた。



(どうしてこんな事に――)

 今俺は、なぜだか小石の席に座らされ、髪を整えられている。机に置かれた折り畳みの鏡には、前髪を左分けにされた、口が真一文字の自分が映っている。『大丈夫』『大丈夫じゃない』という押し問答の末の、体操着姿で。

「うん! 素敵!」

 きっと剣蔵の髪型を再現しているに違いない。目を輝かせて満足気に俺を見る小石が、鏡越しに見える。

 もう剣蔵でもなんでもいい。
 楽しそうに、キラキラしてる彼女が見られるなら。


「――俺、お前の太巻先生探し、手伝うよ」


 例え、この恋が、報われなくても。


「えっ!? なんで?」

「タオルと、体操着のお礼。
 お前、人見知りなんだろ? 俺がフォローする。
 漫研、一緒に行こう」

「うっ…………嬉しい!! 助かります! ありがとう、蓮君!!」


 一瞬驚いた顔が程なく、満面の、弾けるような笑顔に変わる。
 少しでも多く、彼女のこの表情が見られたら、それでいい。


 窓の外は少し明るくオレンジがかり、先程の落雷が嘘だったかのように、すっかり静かになっていた。
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