華夏の煌き
「厩舎で会った時から、気になっていた。男なのに。自分がおかしいのかと思っていたが女だとわかって安心した」
「え……」

 初めて軍師省に行き、馬を停める場所を教えてくれたのはやはり蒼樹だった。

「いっそ、このまま……」

 するどい目で蒼樹に見つめられ、星羅は固まってしまった。蒼樹の顔が迫ってきて触れる僅か寸でのところで、星羅は自分の身体の拘束が緩んだことに気づく。そのすきをついて、星羅はさっと蒼樹から身体を離した。

「お願い蒼樹、やめて……」

 手の中から離れた不安そうな表情をする星羅をみて、蒼樹は冷静さを取り戻す。握ったこぶしで自分の額を叩き「すまなかった」とわびる。

「じゃ、これで」

 蒼樹の顔を見ないようにして、星羅は立ち去る。明日顔を合わせた時には、いつものように軍師見習いの仲間でいられるようにと願った。

 星羅が帰った後、蒼樹は性急な自分に腹を立てた。

「軍師たるもの激情に身を任せてはいけない」

 軍師の家系で冷静さに重きを置いているといっても、蒼樹はまだまだ若者だった。しかし彼は高いプライドゆえに、一般の男のような欲情を発揮してしまったことを恥じた。力で手に入れても星羅は自分を愛さまい。今日の出来事は、失敗した策として胸にとどめておくことにする。いつか彼女の心から手に入れようと、心に決めた。

65 思慕
 郭蒼樹との関わり方を心配したが、彼はいつも通り何も変わった様子がなかった。先日の出来事がまるで嘘のようだと、気構えていた星羅は拍子抜けしたが、安心もした。あらためて蒼樹を感情に左右されない人物だと思う。今回のことで彼は尊敬の対象となったが、星羅の心は王太子の曹隆明に向かっている。蒼樹が言ったように、女性として慕って報われるなどと思っていない。よい策を出し、国を発展させ、忠臣であることで星羅は隆明に尽くしたいと思っている。

 休日、星羅は久しぶりに遠乗りにやってきた。馬の優々も家と軍師省の往復に飽きていたのか、いつもと違う道を嬉しそうに駆ける。人気のない山道を走り見晴らしの良い高台に上がる。柔らかい下草に優々は喜んで顔を埋めている。

「今日はのんびりしよう」

 いつもの軍師省の男装をとき、今日の星羅は髪もおろし、いつもの娘姿で草むらに寝転んだ。高く澄んだ青い空を見ていると隆明の顔が浮かぶ。

「殿下……」

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