華夏の煌き
 いきなり明樹は背を向ける。いつもと違う明樹の様子に星羅もなんだか、胸の鼓動が早まる。

「え、っと、これからもよろしく頼む」
「あ、はい、あの、お仕えします」

 ふうっと大きく息を吐きだした明樹は、振り返り星羅に笑顔を見せる。夫婦になってから初めて男女の意識を始める二人は、ぎこちなくも優しく温かく情を交わし始めた。

74 辺境
 結婚した後、陸明樹は小さいながらも屋敷を構える。忙しい二人のために家事をこなす年配の女中を一人だけおいた。陸家に一緒に住めばよいと慶明からも絹枝からも言われていたが、妻の星羅のためにやめた。軍師助手となった彼女は明樹から見ても才があり、国家になくてはならない人物だと思う。
陸家に入るときっと星羅の性格からして、絹枝や新しい使用人頭の補助に回ってしまうだろう。そうなれば星羅は陸家のことで手一杯になり軍師であり続けることが不可能になりそうだ。彼女の軍事的な才能を、個人の一家庭で使い果たしてしまうにはあまりにも惜しいと明樹は考えていた。

 建前としては妻の才能を発揮させたいといったものだが、本音は初々しく可愛らしい星羅と誰はばかることなく愛し合いたかった。星羅が女学生の時には気づかなかったが、父の陸慶明の星羅を見つめる様子が尋常ではないことも感じ取っている。使用人頭であった春衣を側室に入れてからはなんとなく収まっている気がしたが、ここのところやはり星羅に対して舅以上の想いが見え隠れする。薬師という立場を利用して、星羅に必要以上に触れている気がしていた。

「奥方が迎えに来ていますよ」

 部下の一人が冷やかすように明樹に告げる。明樹は余裕の笑みを浮かべて「お前も早く誰かを娶るとよい」と肩に手を乗せる。明樹の妻が軍師助手だということは、彼の周囲にはもちろん知れ渡っている。これから活躍するだろうと大きな期待をされている明樹と、華夏国のシンクタンクの一人である星羅の組み合わせは皆に一目置かれている。
 また明樹の明るく誠実な人柄と、星羅の控えめだが芯の強さを感じさせ、夫を毎日迎えに来る献身的な様子に皆、好意的だった。似合いのカップルだと祝福されている。

「あなた、お疲れ様です」
「うん、帰ろう」

 仲良く並ぶ後ろで、やはり部下たちがヒューヒューと囃し立てていた。星羅が振り向き頭を下げると、部下たちは照れ臭そうに頭をかいて引き下がる。

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