華夏の煌き
「もう、後には引けぬのだ」

 一度陰謀に関わると、手を引くことはできない。申陽菜の部屋を出て、着物を軽くはたき匂いを追い出す。軽く頭痛がしてきたが、こめかみを揉んで次の側室の診察に向かった。
 
82 『銅雀台』

 軍師省に復帰した星羅は、郭蒼樹はもちろんのこと、教官の孫公弘にも歓迎され、大軍師である馬秀永にも直々にねぎらいの声を掛けられる。息子の徳樹は、京湖が面倒を見ている。『金虎台』内に設置されている託児所もあるが、京湖の希望で徳樹を預けている。

「また子供の面倒を見られるなんて嬉しいわ」
「ほんとう? 大変じゃない?」
「星羅と京樹二人に比べたら全然平気よ」
「それならいいんだけど」

 頼もしい京湖のおかげで、星羅は安心して勤めに精を出す。徳樹も好奇心は旺盛だが、気性はおとなしいようで癇癪を起したり暴れたりすることはなかった。星羅が実の母に育てられていなくとも、京湖から愛情を存分に注がれており、京樹と比較されたこともなかったので恵まれた育児環境だったと思う。

 胡晶鈴のことは毎日考える。どこでどうしているのか、会えるのか。彼女の存在はある意味星羅の目標になっている。実の母に会いたいというよりも、会わなければならないと思っている。
 人恋しくなったり、寂しくなると京湖を思い出し、顔を見に行った。京湖のことは毎日考えない。心細いときだけ京湖のことを思うのは都合が良いのだろうかと一度、兄の京樹に聞いたことがある。寂しいときには胡晶鈴を思い出すべきなのだろうかとも尋ねた。
 京樹は自分も同じで何かあれば、いつもは気にかけていない母、京湖を思うと答えた。その答えを聞くと、星羅にとって『母』は京湖なのだと実感した。ただ京樹は、弱っている時だけ母を思い出すということは、京湖には伏せておこうと笑った。


 王になった曹隆明と妃たちが『銅雀台』に越してしばらくすると郭蒼樹から、郭家が祝いに参るので一緒に行かないかと誘われた。

「ほんとうにいいのかな」
「ああ、こんな機会はほぼない。逃すと数年待つかもしれないぞ」
「そうねえ」
「徳樹も見せることができるし」

 星羅は自分の産んだ子を、祖父になる隆明に一度だけでも見せたいと願う。また『銅雀台』に上がることにも非常に興味があった。

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