華夏の煌き
 一通り様子を見て帰路についたが、飢饉を横目に皆足取りは重かった。移動するだけでも、労力と食料を消費してしまうので大きな動きはしたくないのだ。

「今回のことで他の県令たちも慎ましくしてくれるといいのだが」
「そうね。まだ今年くらいは質素にやればなんとかもつと思うのだけど」
「約束通り、西国からすぐに救援物資も届いたことだし」

 西国のことを耳に入れると星羅は暗い表情を見せたので「すまん」と蒼樹は謝り話をやめた。
 2人の後ろでは、許仲典と柳紅美が控えている。

「帰ってきてから陰気なのよね。同情買うつもりかしら」

 嫌みを言う柳紅美に許仲典は「おめえは性格が悪そうだな」と率直に言う。

「な、なによっ」
「人の悪口ばっか言ってると嫁にいけねえぞ?」
「人のこと言えんの? あんたみたいな愚図っぽい男、嫁の着てがないわよ」
「おらはええ。星羅さんに仕えてるから」
「ふんっ!」

 興奮した柳紅美を、蒼樹が静かに諭す。

「紅妹。あまり労力を使うな。使うなら頭を使え」
「ぐっ」

 それから都につくまで柳紅美は静かに馬に乗っているだけだった。
 
 馬の上で星羅は、明樹とのやり取りを思い出す。軍師省からの派遣で地方に赴いたが、明樹が心配なので辞退しようかと思っていた。明樹に話すと職務を全うしてほしいと、地方行きを勧めた。
 星羅の活躍を妨げることもなく、後押ししてくれる夫君など早々いないと軍師省ではもてはやされた。ただ一人、柳紅美は「夫の癖に冷たいんじゃない?」と憎まれ口を聞く。余計なことを言うなと蒼樹にたしなめられていたが、星羅も柳紅美の言うことに同調していた。
 星羅にはほかにも懸念があった。もう明樹の体調は安定し、以前の健康体に戻ったと陸慶明から安心していいと言われている。しばらく離れていた二人はやっとまたそばにいられるというのに、明樹は星羅に指一本触れてこないのだ。
 明樹の背中にそっと寄り添っても、すぐに寝息が聞こえてくるだけだった。

「もうすぐ着くな」

 蒼樹の声に星羅は頭を振って悪い考えを追い払おうとした。

「早く帰ってこられて良かった」
「ああ、すこしだけ休もう。それですぐ仕事だな」
「うん。乗り切ろう」

 早く明樹に会いたいと、星羅は馬をせかした。

96 明樹の死
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