華夏の煌き
100 母親
 徳樹を連れ、星羅は杏華公主のもとへ向かう。杏華公主は以前、曹隆明が王太子だった頃に住んでいた白壁の優美な屋敷に住んでいる。

「何年前だったかしら?」

 隆明の私的な宴を思い出す。あの頃は希望に燃えていて、挫折も悲しみもなく目の前が明るい毎日だった。門番に身分の札を見せるとすぐに中に通される。以前のように咲き誇る花はなく、食用の草木が植えられている。王族といえども民を差し置いての贅沢は許される状況になかった。

「ほらみて徳樹。これは食べられる草なのよ」

 しゃがんで星羅は指をさすと、徳樹も屈んでよく観察する。

「ぼくもご飯、これにする」
「ええ。粥に混ぜて食べましょう」

 庭を歩き杏華公主の住まいに近づくと、官女がやってきてどうぞと案内を始める。広く手入れの行き届いた庭を抜け広間に通される。

「ここでお待ちください」

 何代にもわたって使われてきた調度品は黒光りし、強い存在感がある。この何百年という年代物の調度品に星羅は感銘を受ける。今の流行ではない細工は重々しく無骨な雰囲気もあるが、何代もの王太子を知っている。もしかしたらこの古めかしい椅子は高祖も座ったかもしれない。

「見て。あのお椅子は高祖もお使いになったかもしれないわ」
「ぼくも座るよ」
「あっ」

 徳樹はするっと星羅の腕を抜け、大きな高い椅子に上り座った。そこへ杏華公主がやってきた。

「あっ! 公主さま。徳樹! おりて!」

 星羅が拱手し、頭を下げながら徳樹を椅子から降ろそうとしたが「よい」と杏華公主は柔らかい声を出す。

「顔を上げなさい。あの子が徳樹か」
「はい」
「よい子ね。そこへどうぞ」
「ありがとうございます」

 星羅は気ままに好奇心を発揮する徳樹にはらはらした。男児にしては暴れることもなく大人しい気質であるが、好奇心は旺盛でよく観察したがる。

「あなたはいいの?」

 杏華公主は養子の件を優しく星羅に尋ねる。杏華公主は、王妃の桃華によく似て優美で儚げな美しさをもつ。たおやかではかなげな彼女が、自分の姉でもあるのだと思うと不思議な気持ちになり、同時に不敬でもあると思った。

「国や徳樹にとって良いのであれば」

 星羅の言葉に杏華公主は優しく頷く。

「うれしいわ。こどもを育てられるなんて。もう産むことができないからあきらめていたけれど」

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