華夏の煌き
 一度流産し、もう妊娠できない杏華公主は目を細めて徳樹を眺める。

「あなたも遠慮せずに徳樹に会いに来るのですよ」
「え、いえ、それだと」

 自分の存在が徳樹と杏華公主との関係に悪い影響を与えてはいけないと星羅は辞退する。

「まだまだ公に出ていくことはないし、王太子に即位する頃に徳樹は分別がつくでしょう。いきなり母親と引き離されたらきっと心に傷を負うわ」

 杏華公主の思いやりに触れ、星羅はこの人になら徳樹を任せられるだろうと安心する。

「徳樹。おいでなさい」

 優しい声で杏華公主が手招きすると、徳樹は素直にやってくる。官女がさっと杏華公主に紙包みを渡す。

「ほら。あたくしのお膝に座ってお菓子を食べましょう」

 徳樹は杏華公主の目をのぞき込んでうなずき、膝の上に座らせてもらう。小さな手のひらに紙包みを開かせ、一粒ずつ干菓子を口に入れる。

「徳樹。今日からあたくしが母上になるわ」
「母上?」

 徳樹は丸い目をして見上げる。そして星羅をみて「かあさまは?」と尋ねる。

「もちろんかあさまはかあさまよ」

 杏華公主の言葉に徳樹は「ふーん」と杏華公主と星羅を見比べる。

 星羅は幼少のころを思い出していた。西国人である朱京湖を母と信じて疑わなかったこと。しかし実は別に生みの母がいること。そして兄の京樹が星羅には二人も母がいると言ったこと。星羅は心の中で「京にい……」とつぶやいた。今更ながら、彼が自分をずっと静かに見守ってきてくれていたのだと感謝が沸き上がる。 

「お庭にいきましょうか」

 杏華公主の誘いに徳樹は嬉しそうに目を輝かせる。庭に出ると、徳樹はあれは何かこれは何かと官女に尋ねる。
 ふうっと腰掛ける杏華公主に目をやると汗ばみ、顔を紅潮させている。

「あの、お加減は大丈夫でしょうか」
「ええ、身体が強くないので臥せってばかりだったのだけど、徳樹の話を聞いてからなんだか元気になってきた気がするの」

 徳樹を養子にするにあたり、心配なのは杏華公主の健康状態だった。もともと成人できぬかもしれないと言われていた身弱な公主だった。医局長の陸慶明の強壮剤によって維持されていると言っても良かった。
 官女が毬をもってきて徳樹に与えると、彼は官女を相手に遊び始める。

「まあまあ。こどもの笑い声っていいわね」
「ええ」
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